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2011-05-28

29.うつ病とエピジェネティクスについて

神経画像研究の発展により、内因性うつ病患者の脳に、機能的変化のみならず、形態的変化が生じていることが確認された。主なものは、海馬の萎縮、脳梁膝下の前頭前野の萎縮、前頭前野の神経細胞およびグリア細胞の縮小・減少などがある。これらうつ病脳に認められる形態異常の発生機序について、ストレス適応機構の構成要素である神経可塑性の障害が想定されている。つまり、うつ病患者は素因的にストレスに対する脆弱性を有し、通常では適応可能なストレス負荷によっても適応破綻をきたし、神経繊維・樹状突起の縮退などが引き起こされることで、神経可塑性異常が生じ、うつ状態に陥るというストレス脆弱性仮説が想定されている。この神経可塑性は重要であり、遺伝的要因やストレスなどの環境要因によって脳内遺伝子発現調節機構に異常が生じると、細胞機能さらには生理機能が変化し、脳高次機能に影響を及ぼす。バルプロ酸は双極性障害の治療薬として使用されているが、ヒストン脱アセチル化酵素の阻害作用を有することから、気分障害の病態には持続的かつ可塑的な遺伝子発現調節機構が関与していることが推測される。そこでDNAメチル化などのエピジェネティックな遺伝子発現調節機構が、気分障害の病態の一端を説明できる分子イベントである可能性が考えられている。うつ病とエピジェネティクスの関係を述べると、たとえば最近育児放棄などの養育環境ストレスとうつ病の関連がヒトやマウスなどの動物実験により示唆されている。これは、うつ病・双極性障害などの気分障害は、遺伝的要因とともに、胎生期から思春期までの養育環境ストレスが脳に可塑的変化を引き起こし、それら個体が成長後に慢性ストレスを受けたときに発症するという仮説が提唱されている。この発症脆弱性の生物学的基盤の一つとして、グルココルチコイド(GR)の機能低下が考えられており、GRを介したフィードバック機能の低下が、視床下部のコルチコトロピン遊離促進ホルモン(CRH)系機能の亢進を生じると考えられる。Meaneyらの研究がこれを裏付けている。さらに、ヒト死後脳を用いた解析から、虐待を受けた経験のある自殺者の海馬におけるGR遺伝子のDNAメチル化レベルは、虐待を受けた経験のない自殺者に比べて有意に増加していたことが報告されている。つまり、養育期の環境が、その後成体になっても、GR遺伝子のDNAメチル化という形で、脳に”記憶”されている。幼少期の環境ストレスによるDNAメチル化を介した持続的、安定的なGR遺伝子の発現変化が、ストレス脆弱性を形成し、その後何らかのストレッサーが引き金となり、うつ病などの精神疾患を発症する可能性が示唆されている。
ー内田周作「うつ病とエピジェネティクス」分子精神医学2011.4より引用-

2011年05月28日
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