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2012-03-29

39.なぜ過去10数年間に、うつ病の人が増えたのか?その3。

日本では10数年前まで、「脳循環代謝改善薬」と呼ばれる薬が発売されていた。アバン、カラン、エレン、セレポート、ホパテといった薬が、1980年代に次々と認可された。「高齢者の脳機能を改善させる」という魅力的な宣伝文句で、熱心に販売を始めた。これらの薬は他の先進諸国では販売されておらず、日本のみ承認された薬であった。しかし売り上げは年々増加し、90年代にはこれらの薬が日本の処方薬売り上げランキングの上位を占めるようになった。製薬会社による積極的な宣伝と営業活動のためだ。日本各地で高齢者の脳代謝に関する研究会が作られ、脳卒中や認知症を専門とする有名医師が、まことしやかに脳循環代謝改善薬の使用を勧めていた。しかし、脳循環代謝改善薬の有効性に対する疑問は、発売当時からささやかれていた。本当に高齢者の脳機能を回復させる薬が見つかれば、すばらしい大発見である。しかし当時、欧米ではそのような薬は見いだされておらず、販売もされていなかった。にもかかわらず、日本国内では、夢のような薬が数十種類も当局の認可を受け、販売されたのだ。冷静に考えれば、初めから奇妙な話であった。実際少数の医師は、これらの薬の有効性に対して疑問を投げかけていた。しかし、製薬業界や医学会のリーダー達はなかなか動かなかった。皮肉なことに、脳循環代謝改善薬は有効性の無さではなく、売り上げが伸び過ぎて、薬剤費が膨れあがり、それを抑えるために、大蔵省が厚生省(当時)に脳循環代謝改善薬の有効性について疑問を呈したのだ。大蔵省から圧力を受けた厚生省は、製薬会社に有効性を証明する再試験を命じた。するとほとんどの薬がプラセボ(偽薬)にたいして、優位性を示せなかった。その結果98年から99年にかけて、脳循環代謝改善剤は次々と承認を取り消された。わずか10数年前のことである。これらの薬について、行政も製薬会社も医学界も、誰一人責任を問われることもなく、歴史の闇の中へと消えつつある。このエピソードは、効果が無い薬でも営業活動さえしっかり行えば、処方薬は売れるということを教えてくれる。この事例は、新規抗うつ薬といわれるSSRIやSNRIという抗うつ薬に、そっくり当てはまりそうな印象を受ける。2008年2月に新規抗うつ薬の有効性に関する論文が英国のカーシュ教授らによって発表された。内容は、SSRIとプラセボの比較を行ったFDA(米国食品医薬品局)の公表されていないデータ全てを比較したもので、はっきりとした有効性は認められないという結果であった。同じように、ターナー教授らも、2008年にアメリカ医学会でもっとも権威ある「New England journal of medicine」に、FDAのデータを元に比較した結果は、ポラセボと差がないというものだった。果たして抗うつ薬としてのSSRIは生き残れるのだろうか?
–冨高振一郎著「なぜうつ病の人が増えたのか」幻冬舎ルネッサンスより引用、一部改変した–

2012年03月29日
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