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2012-05-04

40.なぜ過去10数年間に、うつ病の人が増えたのか?その4。

軽症うつ病には、ほとんど抗うつ薬の効果がない、という臨床試験の結果を重視して、軽症うつ病には最初から抗うつ薬を使わないように勧めている国もある。例えば、英国では、NICE(英国立医療技術評価機構)は、うつ病の治療ガイドラインを、「軽症うつ病にはリスクと利益の比率が差がないので、抗うつ薬は軽症うつ病の初期治療としては勧められない」と明記している。この場合、軽症うつ病という定義は、3ヶ月以内に回復する予後良好なタイプの症状であり、症状としては不眠(浅眠)や、軽い気分の落ち込み程度-だれでも起こりうる失恋や、不幸なことが起こった後の、気分の落ち込み-であり、自分でできるうつ病回復プログラム、軽い睡眠薬やエクササイズや、カウンセリング、休息を勧めている。この回復とは、「抑うつ、不眠といったうつ病の症状がほとんど無くなった状態」というレベルである。それでは、うつ病の自然経過は、どのようなものであろうか。2008年に行われた、Eaton WWらの研究によれば、一般人口から抽出したうつ病患者(治療を受けている患者、未治療の患者、いずれも含む)の23年間の長期経過を調べると、「50%の患者は一生に一度だけうつ病になり、その後は再発しなかった。残り35%は数年に1回くらいの頻度でうつ病を繰り返す。そして残りの15%はうつ病が毎年のように繰り返されるか、あるいは慢性的に持続する」という結果であった。うつ病の長期経過は多様である。一生に一度しかうつ病にならない人が半数いるが、毎年のように繰り返す人も1~2割はいるのだ。ここで注意していただきたいことは、どんな場合にも、抗うつ薬を使わない方がよいというわけではない。抗うつ薬の効果がエビデンスとして確実なのは、中等度以上のうつ病の急性期と再発予防効果の2つである。急性期の場合でも、中等度以上のうつ病患者には初めから抗うつ薬は投与した方がよい。再発予防効果とは、抗うつ薬を服用していると、うつ病が再発しにくい、という効果である。うつ病の再発を繰り返している人は、抗うつ薬を継続した方がよいといわれている。世界中で公表された論文を検討すると、抗うつ薬の再発予防効果ははっきりしている。急性期の臨床試験と違い、再発予防でプラセボと有意差を認めないような論文はほとんど無い。ただし、日本で発売されたジェイゾロフトは、この再発予防効果のおかげで、承認されたといういきさつがある。日本で承認のための臨床試験において、アミトリプチリン(トリプタノール)に有効性で劣っている結果が出てしまった。困った関係者は再発予防試験のデータを強調し、なんとか承認が認められたのだ。つまり、従来薬と比較して、効果は劣っているが、なんとか再発予防効果はあるという一点で、承認されたのだ。Kirsh教授らは、この再発予防効果にも、出版バイアスの問題があるという疑いを述べており、これは今後の課題となりうる。

 ー冨高辰一郎「なぜうつ病の人が増えたのか」幻冬舎ルネッサンスより引用ー

2012年05月04日
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