toggle
2012-08-07

43.なぜ自殺者は3万人を超えているのか?その2.

 前号で述べたマスコミのあるべき対応を見れば、「自殺大国」、「格差社会の犠牲者」といったマスメディアでよく使われる表現は、不適切であることが分かる。むやみやたらに自殺者が増えていると報じ、その原因を短絡的に社会問題に結びつけることは、日本社会にとってよい影響は与えないだろう。専門家やメディアが行うべきは、冷静な分析である。ある人がなぜ自殺に至ったかを推測することは難しい。
 個人の心理分析とマクロな統計数字の解析は別次元のものである。統計数字の解析では、人口増加、経済の影響、人口構造の変化、といった要因が、自殺者数にどう影響を与えたのかを、客観的に分析することができる。そのデータを適切に分析すれば、何が自殺者数増加の主要な要因なのかを同定できることもある。しかし、残念ながら、自殺者増加の要因を科学的に分析し、理解しようとする人は少ない。むしろ短絡的に自殺者増加と、目の前の社会問題を結びつける傾向が強い。それは一般の人ばかりでなく、専門家やジャーナリストも同じである。自殺という行為の前では、どうしても心理的解釈に偏ってしまう傾向がある。まず自殺者の増えている要因を理解することによって、冷静に確認する作業から始める。 「長期経過から見た日本の自殺者数」について。日本の自殺者数は3万人を超えた状態が続いている。これは事実である。では日本の自殺者数はどのように変化してきたのであろうか。1900年から2006年までの日本の自殺者の変化を見ると、1900年(明治33年)には、日本の自殺者は年間1万人前後しかいなかった。しかし現在は3万人を超えている。多少の波はあるが、長期的に自殺者は右肩上がりに増えている。一番の原因は何だろうか?単純な答えであるが、一番大きな要因は日本の総人口が増えたことによる。1900年の日本の総人口は約4000万人である。現在の人口は1億3000万人だから、100年間で日本の人口は約3倍に増えて、それに伴って、自殺者も3倍に増えたということになる。人口増加の要因を除外するには、人口あたりの自殺者数で比較する必要がある。これには、人口10万人あたりの自殺者数の比較が適切で、粗自殺率と呼ぶ。粗自殺率で見ると、1900年は大体20人/10万人くらい、その後オリンピックやバブル景気という好景気では自殺率は減少するし、なべ底景気、円高不況、そして現在の平成不況では自殺率が上昇するが、粗自殺率は大体(20±5)/10万人の範囲内で揺れが起こっていることがわかる。経済状態は自殺率に大きな影響を与えるということが推測できる。こういう影響は他の国でも当てはまる。たとえばフィンランドは1990年から1994年にかけて、4年連続でGDPがマイナス成長となるような大不況に見舞われた。1991年にはGDPが年間6%も低下する事態となり、その結果自殺率は急上昇して、30/10万人を超えるような事態が起こった。しかしすべての国において、経済状態が自殺率に大きく影響するわけではない。ギリシャ・イタリア・英国・メキシコ・スペイン・イスラム諸国という国々は不況になってもそれほど自殺率は増えない。不況になって自殺率が変化する国と変化しない国の違いはどこにあるのだろうか?これは、その国の元々の自殺率の問題がある。不景気でも自殺率が低い国は、元々の自殺率が低い国である。恐らくこれら自殺率の低い国は、自殺への抵抗感が強いのだろう。これらの国では粗自殺率は10/10万人以下である。一方フィンランド・ハンガリー・ロシア・日本・韓国という国々は元々の自殺率が高く、従って自殺率の変動も激しい。自殺への抵抗感が比較的弱いので、経済や社会情勢の影響を受けやすい。さて、この100年間で日本の自殺率が下がったのは戦争中である。そして戦争中自殺率が下がる現象はどの国でも認められる。これは、社会心理の影響といわれている。 国民的大戦のような社会的激動が生じると、それによって集合的感情は生気を帯び、党派精神や祖国愛、政治的信念や国家的信念が鼓舞され、種々の活動は同じ一つの目標に向かって集中し、少なくとも一定期間はより強固な社会的統合を実現させるから、と説明されている。

–富高辰一郎著「うつ病の常識はほんとうか」日本評論社より引用–

2012年08月07日
タグ: ,
関連記事