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2013-01-05

48.子ども時代の逆境体験は精神障害を引き起こすか?について

最近発表された優れた論文を紹介する。親の死や子ども虐待といった子ども時代の逆境体験は、子ども時代またはその後の人生において、精神障害の発症への有力なリスクファクターであることは広く知られている。これらの報告は欧米で行われたもので、日本でも、子ども時代の逆境体験と精神障害の間に同様の関連が認められるかを検証した論文である。調査対象は日本国内の7地域を選び、WHO世界精神保健調査の一環として、20歳以上の日本人(2436名)を対象。また、対象の平均年齢は50.8歳、うち女性は49.4%である。診断基準はDSM-Ⅳに基づき、気分障害(大うつ病・気分変調障害・双極性障害Ⅰ、Ⅱ)、不安障害(パニック障害・パニック障害を伴わない広場恐怖症・全般性不安障害・特定恐怖症・社会恐怖症・外傷後ストレス障害)、間欠性爆発性障害、物質障害(アルコール乱用・アルコール乱用を伴う依存・薬物乱用・薬物乱用を伴う依存)という4つの分類に分けて診断された。なお、調査はレトロスペクティブに行われた。子ども時代の逆境体験としては、3種類の人間関係の喪失(親の死・親の離婚・その他の親との接触の喪失)、4種類の親の不適応(精神病・物質乱用・犯罪行為・暴力)、3種類の不適切な養育(身体的虐待・性的虐待・ネグレクト)、2種類の他の逆境体験(参加者自身の重篤な身体的病気・家族の経済的困難)があげられた。
 結果は以下の次第であった。本研究の参加者のうち、32%が少なくとも1つの子ども時代の逆境体験を経験していた。男女の間の逆境体験の有病率に有意差はなかった(34%:30%)具体的には親の死、親の離婚、家庭内暴力、身体的子ども虐待の経験は、それぞれ11.5%、10.7%、10.1%、7.5%。性的虐待とネグレクトはこれらに比べると少なく、0.5%、1.5%であった。また逆境体験を2つ以上持つ人は32%存在した。逆境体験のある人の体験合計数の平均は2.4項目であった。逆境体験のうち、重なった場合に精神障害の発症と優位な関連を示したのは、親の精神病、親の犯罪行為、家庭内暴力、身体的子ども虐待である。また、逆境体験の数が増えると精神障害の発症の比率が高くなった。特にこの傾向は女性に認められた。(オッズ比、女性1.37:男性0.99)
では、精神疾患と逆境体験の相互作用について見ると、気分障害は、親の精神病2.4、身体的子ども虐待1.8、と優位に関連していたが、家庭内暴力と逆境体件合計数とは優位な関連がなかった。一方、不安障害は、気分障害とは異なり、逆境体験の合計数が不安障害の発症と強く関連していた一方で、どの逆境体験も不安障害とは優位な関連を見せなかった。物質障害は家庭内暴力1.8、と、間欠性爆発性障害は性的子ども虐待15.6、と関連していた。
子ども時代の逆境体験と人生の4段階(小児期、青年期、成人期初期、成人期中・後期)における発症の精神障害との関連を相互作用モデルにより解析すると、親の精神病と親の犯罪行為は小児期における精神障害の発症と有意な関連があった。子ども時代の逆境体験と小児期における精神障害の発症の間には量反応関係が見られた。しかしこれらの関連は、歳を追うごとに小さくなっていった。青年期以降においての精神障害の発症とは、どの逆境体験も有意な関連を示さず、同様に逆境体験の合計数の影響もなかった。
 以上まとめると、日本での子ども時代の逆境体験の比較的高い割合と、それぞれの逆境体験間の強い関係性を確認した。さらに逆境体験は精神障害と量反応関係を示した。様々な逆境体験の中で、親の精神病と家庭内暴力は精神障害を説明する有力な変数であった。さらに、加法および相互作用モデルの両方において、12の子ども時代の逆境体験のうち、精神障害と統計的に有意な関連を示したのは、親の精神病と家庭内暴力の2つだけであった。これは欧米で報告されているものとは一致しない。日本では、逆境体験は共存性があり、異なる種類の逆境体験が、精神障害の発症に関与する類似した精神病理を共有していることを示唆している。
-藤原武男・水木理恵著「子ども時代の逆境体験は精神障害を引き起こすか?」日本社会精神医学会 雑誌より抜粋引用-

2013年01月05日
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