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2013-12-10

59.メガマーケット化する日本のうつ病について

1995年の阪神大震災の時に、日本のメンタルケアの取り組みが遅れているという国内世論があった。翌年、1996年12月、NHKスペシャル「脳内薬品が心を操る」という50分の特別番組が放送された。その内容はアメリカではうつ病や不安障害のような心の病の認識や治療において遙かに進んでいるという内容であった。この時点までは、大方の日本人は、精神科が日常生活に絡んでくることを敬遠していた。この放送を境として、一気に精神科医に対して、不景気の時代に伴う不安に対処してほしいという要請の高まりに、精神科医は不意を突かれた。それまでは、一般の認識と同じように、離婚や自殺などの不幸をメンタルヘルスの問題とはみなしていなかった。2000年代に入ると、GSK社を筆頭に、日本でのSSRI市場に各社が猛烈な売り込みを開始した。大量のTVコマーシャルやキャンペーンを張り、「薬が使われる、または使われる可能性のある環境全体を変えようとしていた」。そして、企業は日本の第一線の研究者や有名な精神科医を味方につけて、躍起になってメッセージを送り続けた。各製薬企業は、自社の薬を援護する研究に助成金を提供し、新薬に有利な結果を出した研究者には、研究費の助成を申し出た。当該の新薬が安全で効果的だと示した研究結果は喧伝され、研究者は顧問料をもらえることも多かった。いわば有名な精神科医師や科学者は、「製薬会社によるマーケットリサーチの類に乗っ取られた」。彼らの確信を支えているのは、薬の効果を裏付ける科学への信頼だった。SSRIが臨床的に効果があると証明された事実から、ほかの文化圏にも導入されるのが道徳的にも不可欠だと考えたのだ。もちろん莫大な利益の恩恵にあずかることも当然のことだった。しかし、その後SSRIに関してもっとも影響力のある研究論文の多くが、著名な研究者が書いたように見せかけて、実際は製薬会社の雇った民間会社のゴーストライターの手による論文であることが判明した。更には、多くの研究者が何十万ドルもの顧問料や講演料を受け取る代わりに、効果検証したように装って、多数の否定的なデータを隠したり、ねつ造したりしていることも判明した。過去数年の間にこの様な問題が明るみに出て、継続的な訴訟や連邦議会による調査が進められた。その中心は、GSK社のパキシルである。しかも、SSRIの効果を説明する時に、必ず出てくるストーリーは、セロトニンの欠乏と神経伝達物質のバランスの悪さというフレーズである。これは1950年代に発表された論文を根拠としているものだが、1970年頃には、セロトニンの欠乏とうつ病に関連性がないことは証明されている。以来、今日まで、セロトニンレベルの低下や神経伝達物質の「バランスの崩れ」と、うつ病のつながりが証明されたことは一度もない。SSRIは患者の脳内の化学物質のバランスを回復せず、むしろ広く変化させてしまう。この変化がうつ病患者を助けるケースもあるにせよ、SSRIがセロトニンの自然なバランスを回復するというのは根拠のない理論である。薬の価値を判断するにあたっては、そのメリットはリスクを踏まえて検討されねばならないが、ことSSRIに関しては、欧米の科学的文献はどこまで信用できるのか、という問題が生じている。2009年マーシャ・エンジェルは、このような薬が科学的地位を得るシステムが破綻していると確信するようになり、「公表された臨床研究の多くがまるで信用ならぬ上に、医師や医学的ガイドラインに頼ることもできない」と書いた。

 – クレージー・ライク・アメリカ」イーサン・ウオッターズ著より抜粋引用-

2013年12月10日
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