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2014-03-02

62.慢性炎症と統合失調症「脳内免疫細胞ミクログリアの観点から」

1950年代以降、統合失調症の原因は、神経ドーパミンD2受容体拮抗作用を有する薬剤が有効であったことから、ニューロン・シナプス間のドーパミン伝達異常が病因であるとする仮説が支持されてきた。しかし依然として決定的な病態機序は不明である。一方ミクログリアとは、胎生期に脳へと移動した未成熟なマクロファージが起源とされ、脳内の微細な環境変化を監視している。最近では、定常的にシナプス間の監視役を果たすことも報告されている。近代精神医学の基礎を築いたKraepelin,E.は、統合失調症を、青年期に発症し最終的には荒廃に至るという臨床観察を元に、認知症に並ぶ進行性変性疾患の一つと想定し、「早発性痴呆(dementia praecox)」と命名している。当時の細胞染色技術の限界から、統合失調症の神経変性疾患仮説(世界初の「慢性炎症仮説」!?)は否定的見解となり、統合失調症の神経病理学的研究は衰退した。しかし、1980年以降に発達した脳画像研究により、他の変性疾患だけでなく、統合失調症でも、脳の特定部位の萎縮が薬物治療開始前から存在すること、また病態の進行に伴う脳萎縮の拡大が明らかになった。統合失調症の原因は未だ不明であるが、アルツハイマー病のような持続的な慢性炎症を介した神経免疫機構の関与が示唆されつつある。現在、統合失調症患者の血液・髄液中の炎症性サイトカイン濃度・酸化ストレスマーカーの異常などが報告されており、脳内の神経免疫・酸化ストレス反応に重要な役割を果たすミクログリアへの関心が高まっている。特にPANSSによる陽性症状の度合いと末梢性ベンゾジアゼピン受容体の量(ミクログリア活性化の指標)が正相関するという報告もある。他方、抗炎症剤(COX2阻害剤)、抗酸化剤、さらにはミクログリア活性化抑制作用を有する抗生物質ミノサイクリンに抗精神病作用を認めたという臨床薬理学的研究も報告されている。つまり、ミクログリア活性化は炎症性サイトカイン・フリーラジカル等の産生を通じて統合失調症の病態生理・精神症状形成に重要な役割を担っている可能性があり、ミクログリア活性化の抑制が、新しい統合失調症治療のターゲットになる可能性がある。統合失調症の病態機序理解のためには、遺伝的素因の解明に加えて、環境因子への暴露とその影響を重視する遺伝-環境相関という視点が必要であり、最近では、更に免疫反応や酸化ストレスに深く関わる領域内に異常が報告され、遺伝-環境-免疫応答-神経発達という複合的な視点で統合失調症を理解する時代に突入した。胎生期・幼少期におけるミクログリア活性化状態の延長・持続は、将来的にミクログリアが再活性化しやすい状態(プライミング)を作り出すという仮説が提唱されている。ウイルスなどによる脳内感染がミクログリアを活性化することは言うまでもなく、ストレスがミクログリアを活性化させることが判明している。しかも、身体的ストレスばかりではなく、心理的なストレスも活性化させるという報告もある。さらに疫学研究では、慢性炎症関連の代表的身体疾患である糖尿病と、統合失調症との接点が数多く報告されている。統合失調症では遺伝的素因に加えて、母胎感染や出生時外傷、あるいは幼少期のさまざまな心理社会的ストレスが関与するという説は長年提唱され続けており、免疫系における遺伝的脆弱性は、統合失調症におけるミクログリア仮説(慢性炎症仮説)を支持するものである。

-加藤隆弘他「慢性炎症と統合失調症」分子精神医学Vol.14,No1.2014より引用-

2014年03月02日
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