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2015-04-02

75.トラウマの臨床について、

トラウマとは何か?ひとことで言えば、心の傷「心理的な傷」である。不可避で、避けたいのに甦ってくる、甦ってくるから避けられない、そして語られにくい、目に見えない、あるのにない、ないのにあるという厄介な傷である。
この分野の研究は、ACE研究として活発に行われている。ACEとは、Adverse Childfood Experienceという小児期の逆境体験ということで、身体的、心理的、性的虐待、ネグレクト、その他に、家族の中に精神疾患を患っている人がいたとか、受刑者、刑務所に行っている人がいたとか、離婚やいろいろな形で親と離れた人がいたとか、家族に依存症者がいたとか、そういう経験のある人たち約17000人を対象に長期間にわたり大規模な研究が行われている。結果は薬物依存の50%、うつ病の54%、アルコール依存の65%、自殺企図の67%、静脈注射による薬物依存の78%が、小児逆境体験で説明がつくというデータもある。トラウマは脳に、機能的、および器質的な影響をもたらす。また、トラウマを見逃すといろいろな形で誤診につながる。トラウマが脳にもたらす変化とは、脳の画像研究などで、次々に明らかになっている。最もよく知られているのは、海馬の縮小、あるいは扁桃体が異常に、いつも過敏に反応してしまうことである。これが記憶、感情、警戒反応などを強くしてしまう傾向を作る。さらにはHPA系、視床下部の下垂体、コーチゾール系のホルモン異常をもたらすことも分かっている。コルチゾールはストレスに対抗するホルモンである。また、交感神経、副交感神経のバランスが崩れる。PTSDの症状を要約すると、交感神経がいつも興奮状態にあるので、常に警戒しており、緊張している状態である。これが続くと次第に疲労が加わり、後に副交感神経が疲弊した状態になる。具体的な例では、子どもの頃に性的虐待を受けていた女性などは視覚野の部分が縮小している、あるいは暴言虐待、心理的虐待を受け続けた子どもの聴覚野が縮小しているなど、画像的にも確認されつつある。このような人は、ストレスに弱い傾向があり、ストレスが加わった時に、いろいろな症状が出やすい。PTSDについて、立派な診断基準はあるが、ポイントは外傷的事件の存在である。ただし、患者本人にとっては、外傷的事件は一番思い出したくないことであり、触れられたくないことである。このため臨床場面ではかなりの配慮が必要とされる。2番目は、回避の問題がある。思い出すきっかけになるものを避ける、考えないようにする傾向がある。3番目は過覚醒症状、安全な場所でも緊張や警戒が強くて恐怖反応が続いている状態である。PTSDというと、社会的に再体験症状、フラッシュバックが有名であるが、現実には回避の方が大きく、回避されると臨床上は表には出てこない。過覚醒症状というのは、ずっと緊張しており、いつ誰が襲ってくるか分からない、何がやってくるか分からない非常に不安な状況であり、苦痛を逃れるためにアルコールや、各種の依存に繋がることも分かってきた。過覚醒症状が起きると、深呼吸をする、物を食べることができにくくなる。それは呼吸が浅くなったり、よく噛めなくなったり、流動的な物しか食べられない、物がのどを通らないというような症状が伴うこともある。しかし、PTSDだけがトラウマ反応ではなく、うつや不安、パニックや強迫症状にも出てくる症状であることを忘れてはならない。

 宮地尚子「外来でのトラウマ臨床」2013日精診Journalより抜粋引用

2015年04月02日
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