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2015-12-03

83.被虐待者の脳科学研究について、

  今回は虐待による脳の変化を、画像研究の結果として紹介する。児童虐待には、1,殴る、蹴るという身体的虐待、2,性的な接触をしたり、性行為やポルノ写真・映像をさらしたりする性的虐待、3,不適切な養育環境や食事を与えないなどのネグレクト、4,暴言による虐待、子どもの目の前で家族に暴力をふるうなどの家庭内暴力(ドメスティックバイオレンス:DV)を目撃させる行為などの心理的虐待が含まれる。
児童虐待への暴露と衝動抑制障害、薬物・アルコール乱用・非社会的パーソナリティー障害、全般性不安障害等を含む精神疾患との関連性は、既に広く知られている。
7万人以上を対象とした疫学調査で、精神疾患の一部は児童虐待に起因することが分かり、児童虐待を無くすと、物質乱用の50%、うつ病の54%、アルコール依存症の65%、自殺企図の67%、静脈注射薬物乱用の78%を減らすことができるという結果が出た。また、虐待の暴露と薬理学的な関係も認められる。被虐待履歴のあるひとは、虐待履歴の少ない人に比べ、抗不安薬を処方されるリスクは2.1倍、抗うつ薬では2.9倍、向精神薬では10.3倍、気分安定薬では17.3倍とされている。また、被虐待者は老化が早く、寿命も平均に比べて20年も短いという報告がある。
ここで、MRIを用いた脳の画像解析により、小児期に虐待をうけたPTSD患者では、健常者と比較して、海馬のサイズが小さいことが確認された。こうした脳の損傷は「後遺症」となり、うつ病の発症や自殺行為、衝動的な行動につながることがあり、薬物やアルコール依存の他、性犯罪の加害者にも被害者にもなり得る。一般市民から公募した554名の学生のデータによると、子ども時代に性的虐待を受けた人は、大脳皮質の後頭葉にある「視覚野」の容積が18%も減少していた。特に影響が大きいのは11歳以前の被虐待経験である。また、言葉による虐待については、1455名の一般市民のデータから、大脳皮質側頭葉にある「聴覚野」の一部が14.1%増加していた。さらに、子どもに両親間のDVを目撃させる行為が心理的虐待の一つに定義されているが、様々なトラウマ反応が生じやすく、知能や語彙理解力にも影響がある。DVを、平均4.1年間目撃して育った人は、視覚野の容積が平均16%減少していた。一方で、視覚野の血流は8.1%増加しており、この部位の過敏・過活動を示すと考えられる。より多くのタイプの虐待を一度に受けた場合、最も古い皮質である大脳辺縁系(海馬・扁桃体など)に障害を引き起こす。深刻な虐待を体験した人は恐怖をつかさどる扁桃体が過活動になる。虐待ストレスを受けると、そのダメージから回復するためのホルモンが分泌される。「コルチゾール」である。しかし、あまりに大量のコルチゾールに曝されると、神経細胞が変形したり破壊されてしまう。特にダメージを受けやすいのは、コルチゾール受容体が豊富にある海馬である。扁桃体が興奮し続けると、キンドリング現象が起きる。これは神経細胞が何度も刺激されることで、少しの刺激でも反応が起きてしまう仕組みである。わかりやすく言えば、繰り返しのストレス体験により、ストレスに弱い脳になっていく。このキンドリング現象は、幼い脳ほど起こりやすい。

-友田明美「被虐待者の脳科学研究}精神神経学雑誌2015.Vol.117.No.11より、抜粋・引用した-

2015年12月03日
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