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2016-09-03

92.「その島のひとたちはひとの話をきかない」自殺希少地域を行く、

「生きやすさとは何か」を知りたかった。そのため日本各地五カ所の、「自殺希少地域」(=自殺で亡くなるひとが少ない地域)に行き、一週間ほど滞在した時の記録である。とかく、自殺の少ない地域は人と人が助け合う地域である、或いはとても優しい人たちがお互いを気にしている癒やしの空間のような所と考えがちである。ところが実際は「人間関係は、疎で多。緊密だと人間関係は少なくなる」「人間関係は、ゆるやかな紐帯」であるという。そもそも自殺対策は「予防」と「防止」に分けて考えるものである。防止とは自殺の具体的な手段を遠ざける方法である。たとえば、ビルの屋上のフェンスの高さを高くするとか、地下鉄のホームドアの設置とか、要は自殺に至る前の段階の敷居を高めること。一方の予防は、たとえば飲酒は60g/dayを超える量を毎日摂るとかなり自殺割合が増えることが分かっており、それを減らすような予防対策をすることなど。ここで話題としていることは、この予防策についての議論である。
自殺希少地域の人たちは対話する~「オープンダイアロ-グ」という方法を意識せずに用いていることが分かった。精神疾患を持つ人と、薬の処方や診断を下す前に、対話をしていくという方法は、これまでの精神医療を凌駕する結果を出している。80%近くの人が向精神薬なしに心が回復し、人とつながり続ける。自殺希少地域にいた人々は、とてもコミュニケーションに慣れていると感じた。少し、オープンダイアローグの説明をする。これは精神疾患を病として治すことを求めるのではなく、「生きやすくなるためにはどうしたらよいか」を考える方法である。うつ病が生きにくさの原因としたら、うつ病を治療したらよいが、うつ病が結果であるとしたら、薬で治療しようとしても生きやすさを得られるだろうか。そこで、オープンダイアローグは、ひとの本当のニーズを明らかにしようとして、そのニーズに適合したアプローチをする援助を始めた。その方法は「対話」とした。30年以上の実践により、7つの原則が生まれた。これはひとが生きることを回復させている。
1.困っている人がいたら、今、即、助けなさい(即時に助ける):小さな問題を放置しておくと、それはいずれ大きくなるかもしれぬ。小さい内は問題の解決は簡単だが、大きくなれば難しくなる。問題を放置すればするほど問題の数は多くなり、問題の大きさも増す。解決が難しくなる。
2.人と人の関係は疎で多:挨拶程度のつきあいであるが、困っている人の、困りごとに関わる人とのネットワークが対話により、修復される。地域の人は自分のできる方法でよってたかって助ける。
3.意志決定は現場で行う(柔軟かつ機動的に):現場で行うから、現場で実行し、うまくいっても、うまくいかなくても、それは現場にフィードバックされる。フィードバックを受けて現場ではまた何かを考え工夫していく。
4.この地域の人たちは、見て見ぬふりができない人たちである。(責任の所在の明確化):自分が気がついたらそれが解決するまで何とかする。「できることは助ける。できないことは相談する」
5.解決するまで係わり続ける(心理的つながりの連続性):困りごとが解決するまでつきあう。自然な雰囲気で対話して、不安にならぬようにつながる。
6.なるようになる。なるようにしかならない(不確かさに耐える/寛容):自然は厳しい。相手を変えることはできない。何が起こるか分からない。大自然と対峙し、その中で工夫して生きてきた。幾分寂しいが、心の平穏を保ち、人との争いを減らす工夫のようだ。
7.相手は変えられない。変えられるのは自分(対話主義):相手の言葉、行動、変化を見て、自分はどう感じ、自分はどう反応するかが決まる。それにより相手をどうこうしようとはしない。自分がどう変わるかである。要は「自分がどうしたいのか」、それだけである。この島の人たちは、ひとの話を聞かないのである。
 自殺稀少地域が幸せに満ちた場所かどうか分からない。うつ病になる人もいるし、その地域を嫌って出て行く人もいる。しかし、人が自殺に至るまでに追い詰めたり、孤立させたりするようなことはとても、とても少ないということである。
-森川すいめい著「その島のひとたちは、ひとの話を聞かない」より引用抜粋-

2016年09月03日
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