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2017-03-02

98.「人前に出るのが怖い」社交不安障害について、

「人前に出るのが怖い」という訴えは公衆の面前でのスピーチを恐れるスピーチ恐怖症などの社交不安障害(social anxiety disorder,以下SADと略)の中でも、パフォーマンス限局型であり、1対1の対人相互関係まで障害される全般性の社交不安障害、親しい人にも遠慮する回避型パーソナリティ障害のほか、醜形恐怖、選択的緘黙、自己愛性パーソナリティ障害まで、非常に幅広い病理を有する患者が存在する。
 社交不安障害の、全般性・パフォーマンス限局性の割合について調べてみると、全般53.6%:限局3.5%、一般人口を対象に全般性の割合だけを検討した研究では、USAで71%、カナダでは77.1%と、過半数が全般性であった。
それでは、全般性社会不安障害の病理とはどこにあるのか?
これは気質として、幼少時の行動抑制(childfood inhibition)が挙げられる。Kaganらは、生後4ヶ月でアルコール綿を嗅がせるなどの刺激に髙反応で恐がりの気質を持った赤ちゃんは、21ヶ月で見知らぬ女性や物体に驚き、7歳、11歳と続く長い縦断研究において、その気質が継続していくと判明している。この幼少時期の行動抑制が不安障害、特にSAD発症の危険因子であることが分かっている。全般性SADは基本的に「怖がり」の気質があり、この気質は「不安」に変化して存続し、「同級生」との親密な仲間関係を築くよりも回避に向かい、全般性SADに発展する。本人は「性格だから治療できるはずはない」と考えており、受診に至ることはない。また、実際に受診しても「治らない」といわれ、落胆した経験を持つ患者を見ることも希ではない。その結果、大うつ病性障害、摂食障害のような、より急性の精神障害を発症してからの受診になる。
 ここで全般性SADは見過ごされやすいことが問題となる。USAでの研究で、マネジドケア(私立の保険組合)の登録者のうち、全般性SADの有病率は8.2%であった。医療記録を調べると、そのうち0.5%しか全般性SADと診断されていなかった。専門機関の受診でもSADが見過ごされている。ZimmermanとChelminskiは、総合病院精神科の初診患者を半分に分けて、十分に経験を有する精神科医が面接を行った場合(通常診察)と、半構造化面接により診断漏れの無いように面接した場合で、不安障害の診断率を比較したところ、通常診察でSADと診断された率は2.1%、半構造化面接では32.7%という違いを生じた。これはパニック障害の通常診察の診断率8.1%、半構造化面接の診断率15.7%の診断率の差とは異なる。
 全般性SADでは「人前に出るのが怖い」が、対人相互関係に障害を有することから、人前に出ることを断れない。そこで、不安で仕方ないのに無理に出席して、無限に後悔する。治療はこのような病理を理解して、薬物療法に加えて対人関係に焦点を当てた認知行動療法を進めていくことが必要不可欠である。
 パフォーマンス限局型のSADとして、公衆の面前でのスピーチを恐怖するスピーチ障害が挙げられる。全般性SADと比べて、「人前に出ることを恐れる」という限定的な障害である。発症時期は全般性SADでは前期青年期から早期成人期であるのに対して、パフォーマンス限定型は多くは成人期に発症する。

-永田利彦「人前に出るのが怖い」精神科治療学32(1):2017より抜粋引用-

2017年03月02日
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