toggle
2017-04-01

99.がん患者の不安・抑うつ・せん妄とがん性疼痛に対する治療

がん患者の約半数に何らかの精神症状が認められる。中でも適応障害・うつ病・せん妄の頻度が高い。適応障害は15~25%、うつ病は5~10%、またせん妄は、時期により出方が異なり、外来通院の可能な時期であれば数%程度であるが、術後や終末期には各々30~40%、30~80%と高頻度に見られる。以下順を追って説明する。
1.適応障害:がんというストレスを誘因とするが、実際は一人一人が異なる多様な病状を示す。小うつ病(minor depression)のような病態、がんの再発不安を主体とした症状、パーソナリティー特性を背景としてがん罹患を契機に強い情緒的反応、対人葛藤を経験するものなど様々である。さて、この治療であるが、コントロールされていない強い痛み等の身体症状が背景にある場合には、これらの症状緩和が最優先される。がんの診断や再発の告知を契機に生じた適応障害では、危機介入的なアプローチや、精神療法的なアプローチが用いられる。危機介入としては適切な睡眠薬使用などが必要なことも多い。精神療法として用いられるのは支持的精神療法が一般的である。支持的精神療法とは、受容・傾聴・支持・肯定・保証・共感などを中心とした精神療法であり、がん罹患に伴い生じた役割変化・喪失感や不安感・抑うつ感をはじめとした精神的苦痛を、支持的な医療者との関係・コミュニケーションを通して軽減することを目標とする。実際的にはその人なりの方法で病を理解し適応していくことを援助する。最も重要なことは、患者とのコミュニケーションを通して、患者の経験している苦しみを医療者として理解しようとする努力を続けることである。
2.うつ病:うつ病の診断基準の中で、4項目は身体症状項目(倦怠感・食欲の変化・睡眠障害・精神運動抑制)であることから、がん患者の中でも進行・終末期のがん患者のうつ病の診断は難しく、専門家でもかなりの熟練を要する。どこで鑑別するかといえば、身体症状ではなく顕著な自責感・希死念慮等の存在に重点を置いて総合的に判断する。治療については、包括的症状緩和と精神療法的なアプローチは必須である。此に加えて薬物療法が併用され、抗うつ薬の有用性が認められている。なお、抗がん剤との併用で、抗うつ薬の中には代謝酵素阻害を起こすものがあり、併用注意の場合もあり、専門医による適切な判断が必要となる。
3.せん妄:既に述べたが、入院を要する終末期患者の場合は30~90%の患者にせん妄が出現する。中でも低活動型せん妄の頻度が高い。せん妄のマネジメントの原則は、原因の同定とそれに対する治療であり、環境的・支持的介入、薬物療法が併用される。なお、終末期せん妄でも、薬剤性・脱水・髙カリシウム血症・感染によるものは原因に対する対応により可逆性が高い。せん妄に対する環境的・支持的介入の具体例として、周囲のオリエンテーションがつくように、夜間も薄明かりをつける、時間感覚を保つようにカレンダーや時計を置く等が挙げられる。点滴ライン・導尿カテーテルなどは可能な範囲で控えることが望ましい。身体抑制もせん妄の増悪要因となるため避けるべきである。治療として、第一選択薬は抗精神薬の投与である。中でもhaloperidolは剤形が豊富で、静脈内投与も可能なため頻用される。経口投与の可能な患者の場合には、非定型抗精神薬のquetiapineやrisperidoneが初めに投与されることが多い。なお、低活動性せん妄には、aripiprazoleの有用性が示唆されている。
-明智龍男「がん患者の不安・抑うつ・せん妄と、がん性疼痛に対する精神医学的アプローチ」Vol.20No4.2017,臨床精神薬理学より抜粋引用-

2017年04月01日
関連記事