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2018-03-11

110、健康格差-あなたの寿命は社会が決める、No.2。

108号のコラムでは、すべての世代に広がる健康格差の実態を見た。WHOが提示する健康格差が生まれる4要因のうち、所得・雇用形態・家族構成の3要因が複雑に絡み合っていることが分かる。残る要因の「地域」が生み出す健康格差について考える。2013年度、都道府県別の平均寿命・健康寿命・不健康期間を比較してみると、男性・女性とも平均寿命が最も長いのは、長野で、男性80.88歳・女性87.18歳、最も短いのは青森で、男性77.28歳・女性74.64歳であった。このデータの中で、「長寿でありながら、不健康な期間が短い」というバランスのとれた地域は、女性は山梨、男性は静岡・石川が当てはまる。では長野と青森の平均寿命の差はどこから来ているのか。要因の一つは食習慣の違いが揚げられる。食習慣ががんや高血圧などの特定の生活習慣病の発症リスクを高めることは疫学的に証明されている。食道がんは、アルコールの影響が大きく、新潟、秋田などアルコール消費量の多い県で軒並み罹患率が高い。乳がんは東京がダントツで1位。これは初産年齢が高いと乳がんの罹患リスクは高くなるといわれており、晩婚化の影響がうかがえる。では、胃がんではどうか。(2017年度モニタリング集計)最も高いのは秋田、最も低いのは沖縄で、罹患率には実に3倍以上の差がある。これは食塩摂取量が関係している。栄養学的に人が必要な必要最小限の塩分は1.5g/dayであるが、秋田では、男性全国平均11.3gに対して12.3g、女性全国平均9.6gに対して10.2g。つまり秋田は世界に比較しても食塩摂取量の多い人たちが住んでいる地域である。厳しい冬を乗り切るため、東北地方では、魚や野菜を塩漬けにして保存食としてきた。その結果、塩蔵魚や漬け物など塩辛い味付けが好まれている。2004年国立ガン研究センターの49~59歳の男性2万人の追跡調査によれば、食塩摂取量が多い男性ほど胃がんリスクが高いことが判明した。食塩摂取量の少ない人と多い人の発症リスク差は2倍にもなった。なぜ、高塩分食が胃がんリスクを高めるのか。胃がんの原因となる、ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)は多くの日本人の胃の中にいる。高塩分により胃の粘膜がダメージを受け、粘膜バリアの機能が弱まると考えられている。そこにピロリ菌が侵入し易くなり、細胞のがん化を招くと考えられている。また胃がん以外にも、高血圧の原因となったり、脳梗塞や腎不全、尿路結石、骨粗しょう症などが起こりやすくなる。
果たして、健康格差の解消法はあるのか?一例は、イギリスで、2003年から8年間で行われた方法がある。注目したのは食塩である。イギリス国民は、日本に劣らず塩辛い料理を好む。2003年当時一人あたりの塩分摂取量は10g、アメリカやフランスと比べるとかなり高い。そこで、イギリス食品基準庁(FSA)は、2006年、パン・ケチャップ・ポテトチップス・チーズ・ソーセージなど85品目に4年間で減塩する目標値を設定して、食品メーカーに自主的な達成値を促した。中でも、ターゲットはパンである。イギリス人の食塩摂取源の中で第1位はパンで、実に18%の割合を占めていた。これはベーコンやハムなどと比べても高い数値で、国内のパン製造業者に減塩を強く働きかけた。しかし、パンメーカーはパンの味が変わるとして反対の姿勢を示した。そこで医学や栄養学を専門とするチームが結成され(CASH)、ユニークな提案がなされた。「減塩は一気に行うのでは無く、ゆっくりと下げていこう」という物である。これには先行する研究があり、少しずつの減塩をしていくと、人は6週間で薄味に慣れてしまうことが分かっていた。結局7年かけて、パンの塩分を20%まで減らすことが出来た。この結果、イギリスでは2003年から8年間で、国民一人あたり1gの塩分摂取減量となり、心疾患・脳卒中の死者数は40%も減少した。またこれにより年間15億ポンド(2300億円)以上の医療費の削減が出来た。
さて、もう一度繰り返すが、「健康格差」は「自己責任」という考え方で、貧困や雇用の問題、あるいは地域の問題を切り捨てると、結局貧困層だけでは無く、中流や富裕層にも、税金や保険料の負担としてのしかかってくるのだ。これには「とばっちり効果」があり、一部の層だけ健康を悪化させることが、ひいては社会全体の健康レベルを下げることになる。
たとえば、欧米で問題になっている「フードデザート=食の砂漠化」問題がよい例である。アメリカでは商業施設の大型化や郊外化が進んだ結果、小規模の食料品店の多くが撤退を余儀なくされた。とりわけ影響を受けたのは野菜や果物、精肉などの生鮮食料品を扱う店舗である。生鮮食料品は販売期間が短いため、一定の売れ行きが確保できないと経営が難しい。そのため、街の中心部にある生鮮食品を扱う中小小売店は郊外型の大型店との競争に敗れて、次々に廃業に追い込まれた。その結果、車を運転できない高齢者や自家用車の無い貧困層は生鮮食料品を購入したくてもできない状況になった。食生活を改善しようにも、健康的な食品にたどり着けない。また、新鮮な野菜よりも、ファーストフードのほうが安いので、低所得者は満腹になりたければ、そちらに行ってしまう。貧困層はパートタイムを2~3掛け持ちしており、そうなると運動する暇が無い。家庭で自炊する余裕も無い。このような生活環境の人々に対しても、「自己責任で生活習慣を改善しろ」というのはあまりに過酷な要求といわざるを得ない。10年ほど前まで、アメリカでも自己責任論があったが、「人の置かれている環境は健康に大きな影響を与える」ことを明らかにした社会疫学研究結果が発表された頃から、人々の考えも「すべてが自己責任とは言い切れないのではないか」というように変化している。
-NHKスペシャル取材班:健康格差-あなたの寿命は社会が決める-より抜粋引用

2018年03月11日
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