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2018-03-31

111.うつ病とストレス-レジリエンスを高めるための心理教育の工夫、

今回はうつ病の治療において、心理社会ストレスに配慮する重要性や支援のコツにつき、臨床的に論じてみる。うつ病の成り立ち、薬物療法、休養の目的、復職リハビリの必要性を説明する際に、分かりやすく例えたのは、「自己回復力(レジリエンス)を持つ自動車」モデルである。この構成要素として、生物・心理・社会的要因がどのように対応しているかを以下のように示した。
1.「脳」は自動車の車体(生物学的要因)
2.「心」は自動車の運転手(心理的要因)
3.「環境」は車が走る道路(社会的要因)とたとえる。
このモデルにおける車体(脳)と運転手(心)との関係は、独立した存在であるが、運転手(心)は車体(脳)の機能の一部でありながら、車体(脳)をコントロールする役割を持つ。
しかし、運転手(心)は車体(脳)を自由にコントロールしようとするが、必ずしも自由自在に操れるわけではなく、車体(脳)の特性やコンディションに制限される。
さて、脳において一時的な負荷によるエネルギーの消耗や微細な損傷が生じても、休養や適切な生活習慣により、エネルギーの回復や損傷部位の修復が行われ、トラブルは顕在化しないことがある。これは自己回復力(レジリアンス)の働きといえる。しかし、車体(脳)の形成過程や、機能上の特性(生物学的問題・遺伝的要因を含む)と、その車体、車種に応じた運転手(心)の運転のあり方(心理的問題)、その車が走る道路、交通状況(社会的問題)とが組み合わさり、車体(脳)の自己回復力を上回る負荷が加わり続けた結果、車体(脳)のトラブルが顕在化し、運転手(心)の運転に支障が生じてしまう。これが「疾患」「病気」である。さらに、「症状」とは、車体(脳)のトラブルに対して、その症状を少しでも和らげようとする自己回復能力の働き、運転手(心)の対処行動が組み合わさったものを表す。さて、ここで、うつ状態・うつ病・適応障害について、自動車モデルで考えてみる。
うつ病は車体(脳)のエネルギー切れがメカニズムの主体である。運転手(心)の活動により消費する車体(脳)のエネルギー量が、休養や睡眠をとることで回復するエネルギー量を上まわる状況が慢性的に持続することで、車体(脳)のエネルギー切れは進む。エネルギー量がある水準より少なくなると、自己回復力の働きによって、エネルギー切れの進行を防ぐために、症状という警告サインを出す。この警告サインは当初、身体症状であることが多いが、その段階でも運転手(心)がサインに気づかずアクセルを踏み続けると、さらにエネルギー切れが進む。その結果、車体(脳)はこれまで行えてきたことを強制的にできなくするという防衛手段を示す。これはうつ病の発症と捉えることができる。
一方、うつ状態を伴う適応障害の場合、そのメカニズムは車体(脳)の特性や、これまで運転手(心)が身につけた運転技術では越えられない険しい道(環境)を走ろうとしている状況と例えられる。このような運転を続けていると、やはり車体(脳)に負荷が生じ、様々な警告サイン(身体症状・不安・緊張・混乱など)が現れることになる。この場合、当初エネルギー切れは生じていないが、適切な経路変更や環境調整が行われない場合、エネルギー消耗が進み、うつ状態に移行しうる。
次に、薬剤選択について自動車モデルを使って説明する。
車体(脳)のエネルギー切れメカニズムの本体であるうつ病において、抗うつ薬・抗不安薬・睡眠薬・抗精神薬などの薬物療法の位置づけは、すべて車体(脳)のエネルギーの回復に寄与するものと位置づけられる。ただしそれぞれの薬剤により、期待するニュアンスが幾分異なる。抗うつ薬は「車(脳)のエネルギーを増やす」意味合いが強い。一方、不安薬・睡眠薬・抗精神薬は「車体(脳)のエネルギーを減らさない」意味合いが強い。抗うつ薬の中でも、エネルギーを増やす意味合いが強いのは、SNRI・NaSSA・三環系抗うつ薬である。エネルギーを減らさないベクトルにもやや近づくのは、SSRI・四環系抗うつ薬と位置づけ、患者さんの病態に応じて使い分ける。例えば、不安症状が強いうつ病患者には、SSRIが第一選択薬のなることが多い。また、エネルギー切れの程度が軽いうつ状態の場合、抗うつ薬ではなく、抗不安薬や睡眠薬などのいわゆる「支出を減らす」薬の一時的な投与により、日々のエネルギー収支がプラスに働き、症状が改善するケースも多く見受けられる。
さらにもう一つ、発達障害とうつ病について、自動車モデルに置き換えてみると、以下のような説明ができる。発達障害は、本来備わっている車体(脳)の車種が特殊である場合、周囲の人たちが当たり前のように走る道路(環境)であっても、走るのが困難となったり、車体(脳)にトラブルを生じやすい。エネルギー収支の観点から捉えると2つの仮説が想定される。
1.車体(脳)が特殊でありながら、周囲の普通の人たちが走る道路(環境)に合わせて走ること自体燃費が悪く、エネルギー消費がマイナスに傾く。
2.車体(脳)からのエネルギー切れのサインを適切に運転手(心)が感じ取り処理することができず、極端にエネルギー切れが進むまで走り続けてしまう傾向、いわゆる過集中・自己モニタリングの障害、固執やこだわり、加減の困難という自閉症スペクトラム特性の所以である。
黒崎成男et al.「うつ病とストレス」臨床精神薬理Vol.21No4.2018より抜粋引用

2018年03月31日
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