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2018-04-30

112.鉄欠乏性貧血とうつ病について、

 現代の食生活は豊かであるという人もいるが、栄養学的に見ると必ずしもそうとはいえない。中でも鉄欠乏は、世界で最も頻度の高い栄養欠乏症である。鉄欠乏は食事からの摂取不足に加えて、月経などの出血により鉄分を失うことによる。鉄は成人の体内におよそ3g存在し、大部分はヘモグロビンに使用されるが、それ以外にも脳を含む身体の各組織でタンパク質の働きを助ける作用を持つ。余分な鉄は、肝臓、脾臓、骨髄などでフェリチンに貯蔵される。血中のフェリチン濃度は貯蔵鉄の量を反映し、この値が低いとヘモグロビン値が正常範囲であっても「潜在性鉄欠乏」となる。月経のある女性の場合、日本でも2人に1人が潜在性鉄欠乏であるといわれている。
 鉄欠乏症では、疲労、焦燥感、無関心、集中力低下など、うつ病に類似した症状が出現することは古くから指摘されている。事実、鉄欠乏はうつ病と関係の深いドパミンなどの神経伝達物質の機能の障害を起こす。ムズムズ脚症候群ではフェリチン値の低い人が多いことはよく知られているが、この症状には少量のドパミン作動薬(抗パーキンソン病薬)が有効である。従って、鉄欠乏はドパミン機能を低下させることが示唆される。これと一致して、モノアミンを産生する酵素(ドパミンやセロトニン産生の律速酵素であるチロシン水酸化酵素やトリプトファン水酸化酵素など)は鉄を必要とする。
また妊娠中は胎児に栄養分をとられ、出産時に出血するために、産後に鉄欠乏になる女性が多く、これが産後うつ病のリスク因子になるという研究報告が多い。
スペインの研究では、729名の妊婦を対象とした調査で、産後32週までに65名がうつ病を発症したが、産後48時間の血中フェリチン値と産後うつ病の発症には強い関連が見られた。フェリチン値が一定より低かった者は、そうでない者に比べて、発症リスクが3.7倍であった。またアメリカでの研究で、37名の妊婦を対象とした調査では、産後7日目に貧血を呈した女性は、貧血がなかった女性と比べて、産後28日目におけるうつ病スコアが有意に高く、ヘモグロビン値が低いほどうつ症状が高いという相関関係が認められた。
近年、産後うつ病のみならず、鉄欠乏/貧血とうつ病ないしうつ症状との関連を示した研究結果が増えている。フランスでは、44173名を対象とした大規模研究で、うつ病のある者は、そうでない者と比較して貧血であることが多く(オッズ比1.36)、うつ病が重度になるに従い、貧血の罹患率が高いという結果が出ている。一方日本でも、北九州の市役所職員528名を対象とした研究では、うつ病を持つ男性は血清フェリチン濃度の低い人が多かった。ただしこの研究では、女性は関連が見られなかった。
しかし、潜在性鉄欠乏や鉄欠乏性貧血の人が一般人口に高頻度に存在するにもかかわらず、その大部分はうつ病ではないことを考慮すると、鉄欠乏はうつ病のリスクを高めるとしても、うつ病に対してそれほど強い影響ではないと考えるのが妥当であろう。
 食品中に含まれる鉄の体内への吸収率は比較的低く、動物性食品(赤身の肉、レバー、貝などに多い)に含まれる「ヘム鉄」は比較的吸収されやすいが(吸収率25%)、植物性食品(海藻、青菜、大豆製品など)の「非ヘム鉄」は吸収されにくい(吸収率1~7%)。
まとめると、うつ病患者を含む精神疾患患者に対しては、貧血だけでなく、血清鉄やフェリチン値による潜在的鉄欠乏をチェックし、食事療法や鉄剤による補充を行うべきである。鉄欠乏性貧血が判明した人には、食生活に注意するだけでは不十分で、鉄剤による補充を考慮すべきである。ただし、鉄の過剰は、がん、認知症などの種々の病気のリスクになるので、定期的な検査を行いながら補充する必要がある。
-功刀浩「鉄欠乏性貧血とうつ病」Vol .6 No.1, 4.2018,depression Jounal-より引用

2018年04月30日
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