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2018-08-30

116.透析患者とうつ病-サイコネフロロジーについて、

透析を受ける患者には、さまざまな精神症状が起こる。まず、日本の透析医療は外国とは異なる特徴があることをお伝えする。それは、移植が少ないことに関係しており、日本の場合は透析患者が多く、透析継続期間が長く、患者の高齢化が進んでいる。また、透析の技術が高いため、患者の身体症状などは外国と比べて、良い状態に保たれている。透析患者の心理的側面については、サイコネフロロジー研究会という学会もあり、詳しく研究されている。さて、米国での維持透析患者における抑うつ症状を持つ患者の頻度は15~60%といわれ、大うつ病の診断基準に合致する時点有病率は10~20%といわれている。しかし、日本では、未だ大規模な調査は行われていないものの、大体5%程度というデータがある。
透析患者にうつ病が併発すると、死亡率が上昇するというデータがある。これはKimmelらの縦断研究の結果で、295名の維持透析患者(平均年齢54.6歳)を2年間追跡し、6ヶ月に一度BDI(ベックのうつ病尺度)のチェックをした。この間に114名(39%)が死亡したが、最初に測定した1回のBDIスコアではなく、繰り返し測定したBDIスコアの平均値がその後の生死と有意な関係を示し、このBDIスコアの平均値が1SD上がると死亡率は32%上昇した。この結果から、Kimmelらは慢性に持続する抑うつ症状が早い死亡と関係しているのであろうと述べている。早い死亡が生じるメカニズムとして、栄養障害、免疫機能の低下による感染症、治療ノンアドヒアランスなどが取り上げられている。日本の場合、透析患者の死亡率は、高齢者が多い割に、1年間で10%程度であり、Kimmelらの報告の50%程度にとどまる。透析患者のうつ病の原因は非常に多彩で、心理社会的ストレス因子と身体的因子に分けられる。1,心理社会的ストレス因子としては、透析導入期の透析に適応するまでの心理が特に重要である。透析により、健康と健康に支えられてきた自信を失い、そのほか様々な喪失を経験する。生活の変化(社会的役割変化、セルフケアの負担、医療による制約、治療関係から生じる苦痛)や合併症の恐怖・苦痛、透析を死ぬまで続けること、などに適応しなければならない。2,身体的要因 :透析患者は薬物が蓄積しやすく、薬物の副作用として精神症状も良く起こる。尿毒症・高カルシウム血症・低リン血症・低ナトリウム血症・高血糖・ビタミン欠乏症・高血圧脳症・透析不均衡症候群・アルコールなど多くのものが精神障害の原因となる。透析患者のうつ病の治療ケアでは、1)良好な身体状態を作り維持する、2)身体的な自覚症状を緩和する、3)1つひとつの身体的ケアを丁寧に行う、4)正しい情報、5)喪失感をできるだけ少なくするための工夫、6)ソーシャルサポートの改善、7)支持的精神療法、8)指導・教育の工夫、9)抗うつ薬の処方、これらの中で、基本は1~6である。これらは心理的ケアというよりも、一般的な身体的治療とケアを丁寧に行うことである。これにより、患者の身体的状態が改善し、身体的な自覚症状が軽減すれば、患者の心理も著しく改善する。この上に、支持的精神療法やペイシェント・エンパワーメントが行われる。また、抗うつ薬も、包括的アプローチの1つとして処方される。但し抗うつ薬の選択には、腎排泄性の薬物に注意すべきである。ミルナシプラン、リチウム、スルピリドなどがこれに当たる。これらの薬剤は、透析性があり、使用禁忌ではないが、蓄積の危険性を考えて、使用しない方がより安全であろう。それ以外の抗うつ薬は肝代謝性であり、透析患者にも比較的安全に使用できる。但し排泄遅延・血漿蛋白の減少により副作用が強まる可能性があり、通常量の2/3以上の量を処方しないことが原則である。
堀川直史著「サイコネフロロジー」Depression Jounal Vol.1 No3,11,2013より引用

2018年08月30日
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