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2018-10-02

117.耳鳴とうつ病について、

耳鳴は聴覚異常感の中でも著しく生活の質(QOL)を低下させる疾患であり、医師としては診療に難渋することが多い。その理由は、耳鳴消失を切望する患者に馴化という現実的な治療目標を受け入れてもらうこと、また付随する精神症状への対応の問題がある。耳鳴患者は不安障害やうつ病などを合併することがあり、耳鳴がそれらの契機になったと思われる例、逆に中途で耳鳴を合併した例などがある。耳鳴治療には月単位の日程を要するが、一刻も早い耳鳴消失に固執するあまりドクターショッピングを始める例や、自殺に及ぶ例もある。
1、耳鳴の有病率と原因:人口の10~15%が耳鳴を自覚し、このうち1/5(約300万人)が苦痛を伴うと推定される。年齢別の有病率は、40歳代で30%、その後は年齢とともに増加し、70歳代では約45%となる。耳鳴は音源により、自覚的耳鳴と他覚的耳鳴に分ける。他覚的耳鳴は頭頸部の血管や可動部位からの体内雑音で、第三者にも聴取可能である。自覚的耳鳴は耳鳴患者の大半を占め、脳機能の変調に起因する幻影感覚と考えられる。耳鳴患者の90%以上は加齢性難聴などの感音難聴が原因で、難聴がない場合は精神疾患などに起因する。
2.耳鳴・苦痛のメカニズム:聴覚中枢は、常に一定の音情報が届くことで、活動の均衡を保つ。しかし難聴のために音入力が不足すると、聴覚中枢は脱抑制の状態と過剰興奮を招く。そしてこの過剰興奮は耳鳴のジェネレーターとなる。やがて大脳辺縁系など聴覚中枢以外の部位が活性化し、過剰興奮を音(耳鳴)として認知する回路が形成される(耳鳴ネットワーク)。この耳鳴認知ネットワークは音量認知の障害をもたらし、さほど大きくない音を大きな(強い)音と感じるようになる。これは耳鳴音だけではなく外界音に対しても生じることがあり、聴覚過敏症状として訴えられる。さらに、扁桃体、海馬、前頭前皮質、島皮質など、認知・記憶・情動に関する部位が苦痛ネットワーク(耳鳴に特異的ではない)を形成し、耳鳴を辛いと感じるようになる。耳鳴認知ネットワークと苦痛ネットワークは、解剖学的に共通部分を有し、相互作用も示す。たとえば難聴がない場合でも何らかのストレスにより苦痛ネットワークが完成すると、それが耳鳴認知ネットワークを誘導し、聴覚中枢の神経活動を耳鳴と認定させうる。不安やうつは苦痛ネットワークの産物でもあり、起源でもあり得る。
3.耳鳴の苦痛とうつ:耳鳴りの大きさ(音量)と苦痛とは比例する。ただし物理的・客観的な音量でなく、主観的な大きさである。患者にはとても大きな耳鳴でも、第三者が等価の音を聞くと必ずしも大きいと感じない。このことは、耳鳴が音量の認知障害であることを意味し、しばしば聴覚過敏症状を合併することがこれを裏付ける。聴覚過敏症状は、耳鳴の苦痛を助長する要因でもある。耳鳴のある人が不安・抑うつ状態である割合は、29~78%、さらに睡眠障害を持つ割合は25~80%と報告されている。
4.耳鳴治療と精神医学の介入:耳鳴治療の内容は日常生活への支障により異なるが、どのような治療を開始するにせよ、最も必要なことは、耳鳴との共存であり、真の治療目標である。ところが、不安・抑うつなどの合併は、理論的な思考を妨げ治療を停滞させる。現在、中等度以上の慢性耳鳴で有効性が期待できるのは、少なくとも2方法がある。第1つは耳鳴再訓練法(TRT:tinnitus retraining therapy)であり、医師や心理士による指示的カウンセリングと積極的な音響負荷(豊かな環境音・雑音負荷・補聴器など)を使う方法、第2は認知行動療法である。
坂田俊文著「耳鳴とうつ病」depression Jounal Vol.4.No.2,2016より引用-

2018年10月02日
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