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2019-01-30

121.うつ病患者のリアルな症状について、

先崎学「うつ病九段」という本から、うつ症はどんな症状が起きるのかを良く理解できるのでご紹介します。長年、うつの患者さんを診ておりますが、ここまで生々しくうつ症状を述べた患者さんは少ないと思います。
 当時、将棋連盟理事をしていた私は、半年以上前から、不正ソフト使用事件の対応で酷く忙しい日々を送っていた。また、同時に映画の仕事も絡んでいて、仕事を全て引き受けていた。そして、ある日、突然疲れの取れない朝が来た。数日続き、この症状がドンドン重くなっていく。特に寝起きが苦しくなる。体の内面からこみ上げてくるような苦しさである。対局に集中できず、若手にあっさり負けてしまう。日に日に朝の辛さが増して、得体の知れない不安が襲ってくる。決断力が鈍ってきて、一人で家にいると、猛烈な不安が襲ってくる。慌てて家を出ようとするが、その決断ができない。出ようかどうか迷った末に、結局ソファーで寝込んでしまう様な有様である。妻がおかしいと判断して、すぐに医師である兄に相談して、入院の段取りをする。とりあえず受診して薬を処方され服用するが、1時間くらいで目覚める。うつ病の朝の辛さは筆舌に尽くしがたい。あなたが考えている最高にどんよりした気分の十倍と思って良い。のどが渇くので、ありったけの気力を振り絞ってリビングまでは行くが、そこからキッチンまで行き水を飲むことができない。ソファーに横たわっているが眠れない。頭の中では、死のイメージが駆け巡る。電車の飛び込む、高所から飛び降りる等のイメージが良く浮かぶ。横たわっていると胸苦しい、胸がせり上がってくる様な感覚が襲ってくる。必然的に呼吸が速くなり、どうしても浅い呼吸しかできない。同時に常に頭の上に1キロくらいの重しが乗っているようである。なんとか外出するものの、駅で電車に乗るのが無性に怖くなる。正確に言えば、ホームに立つことが怖い。何せ毎日何十回も電車に飛び込むイメージが頭の中を駆け巡っているのだ。飛び込むというより、自然に吸い込まれるというのが正しいかもしれぬ。死に向かって一歩を踏み出すハードルが極端に低いのだ。健康な人は生きるために最善を選ぶが、うつ病者は時に、死ぬために瞬間的に最善を選ぶ。別の症状も出始める。家の中で廊下を歩いていないと落ち着かない。ひっきりなしに行ったり来たりする。歩かずにいると猛烈な不安感でおかしくなる。不安の対象があるわけではなく、ただ胸をかきむしられそうになり、心が締め付けられそうになる。入院日が決まったものの対局があり、不戦敗を避けたいために、勝手に入院を断ってしまった。その後、すったもんだの末再度手はずを整え、次が最後のチャンスということで入院する。入院すると1~2日は好調であった。要はほっとしたのだ。しかし、その後の対局をまだ諦めてはおらず、あわよくば病院を抜け出して行こうと考えていた。主治医に話すと、しばらくキョトンとした反応で、「本気ですか」と言われ、急に声音が厳しい口調になり、「どうしてもというのであれば止める権利は我々にはありませんが、しかしこちらに入院されたからには、治療に専念していただきたい」。顔に「ふざけるな」と書いてあったといったら、大げさであろうか。ようやく私も最終的に諦めがついた。更に「将棋の対局が厳しいことは我々にも想像が付きますが、少し長く休養された方が良いと思います」「少し長くというとどの位休む物でしょうか」「最低半年、長くて1年、2年ですね」といわれて、ほとんど卒倒しそうになった。
-先崎学著「うつ病九段」より、抜粋引用-

2019年01月30日
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