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2019-06-30

126.「医師は自分には抗がん剤を使わない」は本当か?ガイドラインについて、

今回は、ある外科医師の本からの転用です。内容的には精神科治療にも十分に当てはまることなので引用します。いわゆるガイドラインの話です。
「医師は自分ががんになったら抗がん剤を使わない」という見出しを、雑誌などで見かけることがある。私としては「なぜ抗がん剤だけ?手術や放射線はどうなの?」と思うが、しかしそういう視点もあると思う。私の本音を申し上げると、私ががんになったら、間違いなく抗がん剤を使う。その理由は、がん治療の世界では「標準治療」と呼ばれる物があり、ガイドラインに載っている治療のことである。では標準治療はどうやって作られるのか?まず、専門家が20名ほど集まりチームを作る。その後世界中の研究結果を集めて、「どの治療法が最善か」を客観的に検討し、日本の実情に合わせた上でまとめる。例えば「大腸がん治療ガイドライン」では、1.2万本の論文を吟味して、その中から2320本の論文を選ぶ。そこには「メンバー間で合意に至った」とか、「意見が分かれた」という細かい議論の内容も記載される。ただし、こんな反論もできる。「ガイドラインを作っている医師は製薬会社から金をもらっているから信用はできない」。実は、ある意味でもっともな指摘である。ガイドラインを作る専門家たちの多くは、抗がん剤を作っている複数の製薬会社からお金を受け取っている。賄賂ではない。多くは講演の謝礼と研究助成費である。ガイドラインは非常に大きな規模の研究成果を元に作られているから、1社だけに利益誘導しているような作り方をしたら、ユーザーである医師たちに、間違いなくバレる。また、ガイドラインの中身はメンバー個人の主張ではなく、効果があるかどうかの論文で決まるため、少数の異なる意見は重視されない。これらの理由から、ガイドラインを作る人たちが製薬会社からお金を受け取っていることが、ガイドライン上でそれ程大きな影響はないといえる。しかし、一方で、製薬会社はこういう医師を「落とす」ことを戦略的にやることも事実である。影響力と発言力のある、大学教授やがんセンター部長のような医師は、KOL(Key Opinion Leader)と呼ばれる。このKOLを押さえて販売促進を図ることは製薬会社の重要な販売戦略の一つである。ある薬の効果を確かめたいなら、何百人分もの薬と、さらに億単位の莫大な額のお金が必要である。企業無しでは研究そのものが行えない。次に、なぜ「ディオパン事件」が起きたのか?ディオパンという降圧薬を作るN社の社員が、医師が主導した研究にもかかわらず、自社に都合の良いようにデータを改ざんした事件である。当時これを取り締まる法律がなく、この社員は無罪になった物の、その後新しい法律(臨床研究法)ができた。結果、医師だけでは資金面で研究が難しくなってしまった。「グレー」どころか完全な「クロ」になってしまったのだ。「製薬会社はあくまで営利企業」と見るべきである。もちろんお金を稼がなければ会社は潰れ、薬も作れなくなり、病のため不幸になる人が沢山発生する。これはビジネスを否定する物ではない。しかし自社の利益を目指す企業は時に患者の利益の方向とはズレることもある。医師はこれらの亊を自覚しながら、医療界-製薬業界の関係を見ていくことが必要である。精神科領域でも全く同様であり、ガイドラインは大筋で推奨される治療を提示する。時に患者や医師の中に、このガイドラインを金科玉条の物として、「これに従わない治療をする医師は犯罪」のように考えている人がいるが、そうではない。場合により、ガイドラインと異なるが、目の前の患者に最適な治療の選択することもまた、医師の仕事である。ガイドラインは日本の精神科医療の底上げに貢献しているものの、ガイドラインだけに従っていればよいという、一部の医師の思考停止を起こしている面がある。ガイドラインに沿っただけの医療のことを、料理本医療(Cookbook Medicine)と皮肉を込めて言うこともある。一人一人の患者が皆異なる生い立ちや生活環境で暮らしているわけで、全ての人に同じ治療をするのは乱暴といえる。ガイドラインは大筋であり、個々の患者ごとに戦略・作戦を調整するのがプロの仕事であると考える。
-中山裕次郎著「がん外科医の本音」より引用した-

2019年06月30日
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