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2020-02-29

134.周産期の妊婦死亡原因について、

長年、妊産婦のメンタルヘルスには大きな誤解があった。「産後は精神変調を来しやすいが、妊娠中は精神的に安定しておりリスクが少ない」ということ。しかし、2016年東京都監察医務院の報告で、自殺で亡くなった妊婦は東京23区で、10年間に63名に上ることが判明。内訳は妊娠中23名、出産後1年未満40名、自殺した妊婦の約4割がうつ病または統合失調症を患い、産婦の6割が産後うつ病をはじめとする精神疾患を有していた。10年で63名というと少なく感じるかもしれないが、日本での妊産婦死亡率は10万人につき4.0人で、世界最高水準の低さである。しかし先ほどの自殺者を出産数に当てはめると、10万人につき8.5人と、約2倍以上になる。この結果は妊産婦のメンタルヘルスの問題を見直す契機となった。さらに自殺の時期を見ると、妊娠初期の2ヶ月に一つのピークを見る。次のピークは出産後4ヶ月目となった。”妊娠中は産後よりリスクが少ない”という前提は全くの誤解であった。また、諸外国の研究から、産後うつ病の大半が妊娠中から発症していることも分かっている。よって、産後だけでなく妊娠中からも、うつ病等の治療をこれまで以上に積極的に考えるべきである。しかし、統合失調症の女性が妊娠したときに、抗精神薬の投与をどうすべきかは、精神科医にとっても重要な課題である。2019年に、統合失調症の母親が内服する抗精神薬が妊娠・出産に及ぼす影響と、精神症状が妊娠・出産に及ぼす影響を同時に検討した馬場らの報告によれば、4年間に入院した統合失調症の母親21例と、その児につき調べた結果は以下の通りになった。1)21例の児の先天奇形はなく、母親の内服していた抗精神薬は児や妊娠の経過に優位な負の影響は与えていない。2)母親の精神症状が悪いと、児の出生体重とApgar scoreは低く、母親が産科に入院する時期が早まり、児が乳児院に入所する割合が高くなった。3)妊娠を理由に母親が内服する抗精神薬を減らすと児の出生時体重は有意に低くなり、児が乳児院に入所する割合が高まった。4)母親の内服していた抗精神薬の児や妊娠の経過への影響は認められず、むしろ母親の精神症状と妊娠後の抗精神薬の減量が有意な負の影響を与えていた。この報告から、妊娠後も抗精神薬を減らさずに妊娠中の母親の精神症状の安定に努めることが重要であるといえる。さて、妊産婦の精神疾患を診る上で注意すべき点は、専門医による本人および配偶者への説明であり、説得力のあるデータの提示が必要である。また、精神症状の調整と授乳については、現在は以下のように考えられている。日本では「母乳中に薬物が移行する」という理由で、殆どの抗精神薬で授乳は禁止とされている。諸外国の報告では、殆どの抗精神薬は、母乳と通じて乳児に入る薬剤量に関する指標の一つである「相対的乳児投与量RID(%)」が10%以下であり、母乳栄養児への著名な副作用は見られず、その後の発達の経過も正常という結果がある。従って、薬物療法と母乳育児を両立させることは国際的コンセンサスとなっている。母親が母乳育児を希望し、児の排泄機能が充分な場合、精神障害の治療に用いられる薬剤の大半において授乳を中止する必要性がないことは、コンセンサスガイドラインでも明確にされている。さらに妊産婦は、妊娠に伴う精神的、身体的ストレスに加えて、妊娠する前からの家庭、職場での悩み、不調などの多くのストレスを抱えている。問題はリスクを抱えた妊産婦の方が自発的にメンタルケアや治療を求めないことである。メンタルヘルスケアに繋げるためには、産婦人科の医師や助産婦の方々との連携が必要である。妊婦加算の問題は、妊娠したら負担が大きくなるという誤解を与えてしまったことは大変残念であった。妊産婦を医療費助成の対象にすべきであると考える。
-堤 俊仁「周産期の死亡原因は自殺が最多」46.1:日精診ジャーナル244より引用-

2020年02月29日
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