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2020-09-02

140.同性愛の科学-生産性をめぐる議論について

排除の対象として、同性愛者の”生産性”が政治家によって問題とされることがある。性的指向や性自認は生理学的、生物学的な要素が強い資質である。これをめぐる議論は、本来政治とは無縁のものである。ただ、LGBTはマジョリティでない(=マイノリティである)ことから、奇妙な目で見られたり、社会的に不当な扱いを受けたりしがちであったために、その状況をどうにか解決しようと政治的な手続きを求めた結果、本質的には全く別の問題、イデオロギーや党利党略をめぐる他者の確執等に巻き込まれてしまった・・・というのがこれまでの性的マイノリティの歴史の非常に残念な部分である。巻き込まれた当事者にも、忸怩たる思いがあったと想像できる。
さて、ここで同性愛は生得的か後天的かという話に移る。
保守的な人々の中には「同性愛は個人的な選択の結果」と主張して、性的指向と性的嗜好をあえて同一視するか、または情緒的な理由からか、これらの区別をつけることが難しいと訴える人もいる。その中で、一部の同性愛の活動家は同性愛は生得的であると主張し、科学的なエビデンスが、より広く性的マイノリティの受容につながることを望んでいる。逆に性的マイノリティの権利を主張する人の中にも、セクシャリティが生物学的に決定される、あるいは出生時に固定されるという考え方に抵抗感を持つ人もいる。近年では、後天的な要因により性的指向が変わることを裏付ける科学的知見が、ヒトやヒト以外の生物でも報告されている。ただ、基本的には、性的指向は完全に環境要因だけで決まるわけではない。
実際にセクシャリティ関連遺伝子は幾つか見つかっている。しかしこれらがどのように同性愛者としての脳を構築するのか、異性愛者はそれが機能しているのか、機能しているならば、どのような役割を果たしているのか、これまでの研究を紹介してみる。
同性愛はヒトだけのものではない。動物界では、同性間で行われる性行為はごく普通にみられる一般的な行動である。全世界で450種類以上の動物に同性愛行動が記録されている。観察例だけでいえばもっと多く、約1500種で確認されたという報告もある。性行動はヒト以外の生物においても、繁殖という目的で行われるだけではなく、群れを平和に保ち、群れとしての行動を円滑に進めることに役立つ機能もある。なぜ、同性愛をタブー視する考え方が通念として流布しているのか?戦犯の一人はダーウィンかもしれない。彼は、動物の性行動は「生殖」を促すように出来ており、それゆえに必ず異性愛になる、と考えていた。現代の感覚からすると、古風なパラダイムといえる。ショウジョウバエのオス同士の求愛に関する山元大介東北大学教授の研究により、オスがオスに求愛するという形質が、フルートレス(fruitless)という遺伝子1個の働きの有無により出現するか否かが決定されることが明らかになった。この研究は、同性愛という形質が遺伝的に決まる証拠として注目されている。 子孫を残す営みを”生産性”と表現するのは抵抗はあるが、あえてこの言い回しを使う。 カンペリオ・キアーニらの研究によれば、同性愛者男性の女性の親戚は、ストレート男性の女性の親戚の1.3倍の子供がいるという。この現象を説明するのが「ヘルパー仮説」あるいは「ゲイの伯父仮説」と呼ばれる説である。同性愛者の伯父は血縁者の子育ての手助けをよくするため、自分は子供を作らなくてもその遺伝子が残りやすい、という考え方である。同性愛者は異性愛者の男性よりも共感力に優れているという実感を持つ人は多いと思う。ファンデルラーンとヴァセイはサモア島における研究で、男性が性のパートナーとしてある種の男性を好むという報告をしている。彼らは第三の性別として、fa’afafineという異なるカテゴリーの男性という形で受け入れられている。このfa’afafineが、ほかの男性たちよりも親族を助けることにずっと熱心であることを報告している。ただ、家系外の子供を助けることには関心はなく、この研究は「ゲイの伯父仮説」を支持する例であると見なされている。
この研究は”生産性”を向上させるために自然が残した仕組みが同性愛の遺伝子であるということを強く示唆している。このように多くの種で機能している有効な仕組みとして、同性愛を念頭に置くとき、”生産性”を理由に排除すべきなのは、むしろ同性愛者を排除しようとする心の動きの方ではなかろうか。しかし、自分とは異なる存在を排除しようという機構が働くのがヒトの脳の特性でもあり、「マイノリティを排除せずにはいられない」という個体がヒトの群れの中には一定数生じる、その仕組み自体もまた興味深いことである。
-中野信子著「空気を読む脳」より抜粋引用-

2020年09月02日
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