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2021-01-02

144.日本人の脳を造ったのは環境か遺伝子かについて、

新年明けまして、おめでとうございます。
コロナ感染爆発になりつつある大変な時ですが、今回は話を変えてみます。
テーマは、日本人にありがちな性格や考え方・行動を起こす理由は環境なのか、遺伝なのかということです。日本人の考え方や行動は生まれながらに特殊な物があるのかと考えますが、そうではありません。あるタイプの脳の持ち主が他の国に比べて多い、というくらいの意味です。日本語では「カエルの子はカエル」という慣用句がありますが、フランス語でも「犬は猫を産まない」、英語では「この親にしてこの子あり」という成句があります。いずれも「子供は外見だけでなく嗜好や言動も親に似る」という意味を表しております。このような言い回しが複数の国で、独自の表現として成立しているということは、洋の東西を問わず広く観察されているということを示すものでしょう。性格とは、遺伝的に決定されるものなのか、それとも、親の育て方や家庭環境により決定される物なのかどちらでしょう。
幸福の感じ方(幸福度)という尺度についての調査があります。行動遺伝学者のリッケンとテレゲンらの報告「幸せな双子研究」によれば、一卵性双生児のうち一人の幸福度を調べると、もう一人の幸福度の値がほぼ推定できるということがわかりました。一卵性双生児の幸福度は、環境が違っていても似通っていたのです。この調査では、環境要因として、収入、配偶者の有無、職業、宗教なども調査されました。結果は、収入額が幸福度に与える影響は2%以下、配偶者の有無は1%以下、職業や宗教の影響も小さいことがわかりました。二卵性双生児の場合、一卵性双生児とは異なり、お互いの幸福度はあまり似通ってはいませんでした。このデータからいえることは、幸福度は一人一人あらかじめ遺伝的に決まった設定値が受け継がれており、環境要因の影響を受ける部分はごく僅かであるという主張を支持するものです。膨大な双子研究のデータの中には、一卵性双生児であるが、幼い頃に一人が養子に出されて、別々の家庭で育ったという条件の被験者も含まれています。全く異なる環境で、お互いの存在さえ知らなかったのに、学業成績や職業、乗っている車の車種、好きなタバコの銘柄、離婚歴、果ては妻と子供の名前(好きだから名づけた)まで一緒だった双子の例も知られております。物事に対する感じ方や考え方の大きな部分が遺伝する(遺伝の影響を大きく受ける)というのは非常に興味深い知見です。
このことを前提にすると、毎年話題になる国連の世界幸福度報告で、日本人の幸福度の低さについて、見方も変わってくるはずです。その生理的な特質により、日本人の幸福度は、ある一定以上に高めることは難しい、ということを知った上で評価するべきでしょう。そもそも幸福度が高くなりにくい性質を持っている人がマジョリティとなるような集団では、幸福度が高いことは生存に不利になる可能性があることを考慮するべきです。幸福度を高める形質は「性格遺伝子」と一括りに呼べる、脳内分泌される神経伝達物質、モノアミン酸化酵素(MAO)の活性の違いにより説明できることが示されております。活性が低いタイプのMAOの遺伝子を持つ人ほど、衝動をコントロールする力が弱い性質を持っていたのです。真面目さや幸福度にかかわる性格遺伝子に着目すると、セロトニン(陽気で楽観的な性格に関係するといわれている)の動態に関係するセロトニントランスポーターという物質は、日本人はやや少ないという特異的な性質を持った集団であるといえます。どちらかというと、悲観的になりやすく、真面目で慎重であり、粘り強い人たちの遺伝的性質を持っているのです。
ところで、幸福度を高めてやることが、その人の寿命を縮めることになりかねない、という逆説的な大規模調査があります。スタンフォード大学ターマンの研究で、1921年に開始され、80年間調査が続けられ、弟子のフリードマンが研究を完成させました。10歳前後の児童1528名を対象に性格を分析し、その後どのような人生を歩んでいるか、5~10年おきにインタビューが行われました。その結果、まず定期的な医療検査や適度な運動、サプリメントや緑黄色野菜の摂取などは長寿にあまり関係ないことが判明しました。肉体的な健康を保持するための努力はあまり意味が無かったということです。一方、長寿者に共通する性格が見つかりました。「良心的で慎重であり、注意深く、調子に乗らない」いわば、真面目で悲観的な性格を持っていることが、長寿との相関が高かったのです。逆に短命だった人に共通するのは、「陽気で楽観的である」という性格でした。2001年には被験者のうち、男性の70%、女性の51%が他界していましたが、真面目さのスコアの低い人が最も多く亡くなっておりました。このデータが示していることは、本人にとっては辛く感じられるかもしれぬ「真面目で悲観的な性格」が、実は本人の命を守るためには重要な性質であったということです。「慎重で、リスクをきちんと見極め、それを回避できる能力」を持っているという性質です。考えてみれば、当たり前の話かもしれません。
-中野信子「空気を読む脳」より抜粋引用-

2021年01月02日
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