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2022-06-30

162.性差を意識した精神科治療について、

  現在の医療においては、患者の個別性を考慮したテーラーメード医療の必要性が叫ばれている。精神科薬物療法においても、ゲノム情報を参考にした薬理遺伝学/ゲノム薬理学が注目されたことがある。患者の遺伝情報に基いて、特定の薬剤にどのような反応は示すのかを予測して、最大限の効果と最小限の副作用のための投与方法や用量設定を最適化することで、いわゆる精密医療に繋げていくことである。しかしゲノム情報を用いた医療は、まだまだ施設やシステムが不十分で、いつでも何処でも可能なわけではない。個別化医療も可能性を探るには、患者を疾患別・年齢・性別・体重・体質・病状などでカテゴライズし、治療法を検討する医学研究の方法論が適応される。今回は、性差について疫学や症候、病態を通して治療の違いや考慮すべき点、工夫可能な点を見ていく。精神疾患では、うつ病、不眠症、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の有病率は男性より女性の方が2倍程度高い。そもそも精神疾患の有病率には性差があり、女性の方が男性より多い。これは国内の研究でも明らかになっており、うつ病の有病率は、女性8.3%、男性4.2%となっている。興味深いのは、うつ病発症の性差は小児期には目立たないが、13歳を超えると女性は男性より劇的にうつ病に罹患しやすくなる。これは女性の感受性の亢進が性ホルモンのエストロゲン、プロゲステロンの急上昇と関係しているらしい。また女性にうつが多い理由には、ホルモンを中心とした生物学的性差に加えて、心理社会的性差、そしてこの両者を人生の時間軸に載せたライフサイクルとの関連性が言われている。生物学的性差とは、自然が生み出す雌雄の相違である。これには脳の機能的、解剖学的相違や、性ホルモンの分泌とその反応性の相違がある。うつ病の有病率の性差は男女間のモノアミン機能の差も関係している可能性がある。一過性のトリプトファン欠乏食を摂取すると、セロトニンが低下するが、それにより女性の方が抑うつが強く現れたという報告がある。また髄液中のセロトニンとセロトニン代謝産物は女性の方が高く、これは女性におけるセロトニントランスポーターの高い利用率と関連していると考えられる。セロトニンとノルアドレナリンの脳内濃度は、男性より女性の方が加齢による変化が大きかった。さらに女性はストレスフルな出来事に直面すると、それを「反芻」する傾向が強く、これが女性のうつ病の発症と関係があるという報告もある。Johnsonらのメタ解析でも、「反芻」は思春期以降に目立ってくる対処様式として知られているが、「洞察」のように熟考により本質や意味を分析し解決する対処行動とは異なり、抑うつ気分を起こさせ、周囲を辟易とさせ、サポートを受けにくくする点に注意が必要である。ある意味、女性の「反芻」傾向を変化させることが、治療の目的ともなる。うつ病と関連するパーソナリティーで、最もエビデンスレベルが高いのは、神経症的性格傾向である。Kendlerらは、男性も女性も神経症的性格傾向が強いほど、そしてストレスレベルが強いほどうつ病になりやすい点は同じだが、女性の場合、神経症的性格傾向が強いと、低いストレスレベルでも、男性よりもうつ病として事象化しやすい傾向が強いことを報告している。さらにKendlerらは、女性のうつ病の危険因子として、親の愛情の低さ、神経症的性格傾向、離婚、社会的サポートの低さ、結婚生活に対する満足度の低さを揚げている。男性の場合には、幼少期の性的虐待、行為障害、薬物乱用、うつ病の既往、直近のストレスフルなライフイベントが危険因子であった。つまり、女性のほうが対人関係のストレスやパーソナリティーの問題が危険因子となる傾向が示された。Kendlerらの別の報告では、女性は他者からのサポートの有無がうつ病発症リスクを有意に低下させたが、男性の場合は情緒的サポートの有無はうつ病の発症低下を認めなかった。これらのことから女性は対人関係の問題がうつ病発症の危険因子でもあり、対処法にもなっているということを示している。                              -大坪天平「性差を意識した精神科薬物療法」より引用-臨床精神薬理Vol.25No7,2022-

2022年06月30日
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