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2023-01-05

168.「親ガチャ」に外れたら、負け組ですか?

    新年明けましておめでとうございます。今年はどんな一年になるのでしょうか。
さて、新年早々嫌な話で恐縮ですが、「親ガチャ」に外れたら、もう負け組決定でしょうか?について、少し考えてみたいと思います。この「親ガチャ」という言葉、日本においても経済格差が広がっていることが影響しているのか、耳にすることが多くなったように思います。人により、「親ガチャ」は色々な意味で使われているようです。1つ目は、きわめて深刻な状況にある家庭を指しているケース。父はいつも家にいなくて、たまにいる時には、飲んだくれて家族に暴力を振るったりする。母は子供の食事を用意することもなく、ネグレクトしている・・・。こんな家庭に生まれて嘆くしかないという「呪われた親ガチャ」。無差別大量殺人のような不幸な事件の背景には、しばしばこうした背景が存在することが報道されておりとても心が痛む。2つ目はこれまでの人生が自分の責任ではなかったと知ったときに出る言葉としての「親ガチャ」。それ程豊でない家庭に生まれて苦労はしたが、なんとか頑張って人並みに暮らせるようになった・・・。そういう人に話を聞くと、親ガチャというのはむしろコレまでの苦しみを解消してくれる言葉であると述べる。運は悪かったけれどそれは自分のセイではなかった、「救いの親ガチャ」です。3つ目は冗談交じりに使われる親ガチャ、もっと親がお金持ちだったらとか、あるいは親が美人だったら、などとちょっとした笑い話にできるレベルの話。「なんちゃって親ガチャ」です。人により、意味や深刻度は違いますから一概には言えませんが、行動遺伝学の知見から親ガチャはどう解釈すれば良いでしょうか。手がかりになる研究を紹介します。
子供に対する教育がどう将来に影響するかを調べた研究としては、ジェームス・ヘックマンがアメリカ・ミシガン州の幼稚園で行った就学前研究がある。実験が行われたのは、かなり荒れた貧困地域で犯罪者も多い、そんな環境である。母集団としては、低所得者層で、IQ70~85の教育上困難を抱える、3~4才のアフリカ系アメリカ人123名を2グループに分けた。片方のグループには質の高い就学前教育を施し、もう片方を対照グループとした。就学前教育はかなり徹底した内容で、被験者の幼児は2年間毎日幼稚園に通い、専門家によるレッスンを受けた。週一回は教員の家庭訪問、また月一回は親に対するグループミーティングも行われた。そして2年の就学前教育が終了した後、被験者が40才になるまで追跡調査を行い、対照グループと比較した。就学前教育を受けたグループのIQや学力は一時的に上昇したものの、8才時点では対照グループと差が無くなった。ただし、就学前教育にまったく効果が無かったわけではない。成人してからの収入や、犯罪率、生活保護受給割合などに関して、被験者グループの方が対照グループよりも良好な結果になった。しかし、就学前教育の効果量は3才児までに行った場合で3~4%程度、子供がそれより大きくなってから行った場合には更に効果は減少した。就学前教育で身につけた能力がその後の人生に与える影響は、劇的に大きなものではないが、それなりの効果量を与えるということを実験的に示した研究である。これは今はやりの「非認知能力」と呼ばれるものである。子供がかなり劣悪な環境にいる場合、徹底的な就学前教育を行うことで、学力や知能向上にはつながらないが、生活スタイルを改善することはできるといえそうだ。次に、子供の忍耐力は家庭の経済状況の影響かどうかという研究がある。子供が幼児期に見せる行動は、その後の人生にどう関係しているのか。最も有名な研究として、マシュマロテストがある。4才児に対して「15分間マシュマロを食べるのを我慢したらもう一つもらえる」と告げて、1人だけ部屋に残し、その様子をカメラで観察するという実験である。子供が30代になるまで追跡したところ、マシュマロを我慢できた子供は社会的に成功している割合が高かったという結果になった。心理学者のウオルター・ミシェルが最初の実験を行った後、様々な研究者が同様の実験を行っている。結果については、家庭のSES(社会経済状況)が影響している、つまり元々豊かな家庭の子供は成功しやすく、貧しい家庭の子供は成功しにくいという反論もあった。これを行動遺伝学的に、解釈するとどうなるか。同種の研究にはコロラド大学ボールダー校の三宅晶教授が行ったワーキングメモリー研究がある。2~3才の双生児200組を対象に行われ、被験者はマシュマロテストに似た課題に取り組む。その後被験者が17才になった時に実行機能の追跡調査が行われた。その結果分かったことは、2~3才頃の結果と、17才時点の抑制機能には、0.5という強い相関性があるということ、更に17才時点でのワーキングメモリーへの遺伝の影響は、誤差成分を統計的に除外すると、ほぼ100%だった。これらの研究からいえることは、子供の頃にマシュマロを我慢できるかどうか、大きくなって影響を受けているのは、SESよりは遺伝の影響が大きいということである。どんな人生を送るかは、家庭の影響よりも遺伝の影響が大きいことが見えてきたといえる。
もう一つ、ダニエル・ペルスキーらが2016年に発表した、教育達成度の研究も紹介する。研究対象は3才児で、ニュージーランド、ダニーデンに住む約1000名(主に白人)の幼児である。出生時から38才までの経済状況と、ポリジェニックスコアの関係を調べた。このポリジェニックスコアとは、GWAS(ゲノムワイド関連解析)により、教育達成度に関する遺伝子変異が見つかっており、そこから算出した数値である。結果は、教育達成度ポリジェニックスコアの高い人はSESの高い家庭で育つ傾向があり、ポリジェニックスコアの低い人はSESの低い家庭で育つ傾向があるということ。身も蓋もない味気ない結果であるが、事実である。しかし、興味深いのは、SESの低い家庭で育った人でも、ポリジェニックスコアの高い人(そういう人もいるのです)は、早期に言語能力を獲得して、上昇志向も強い。更にポリジェニックスコアが高いほど、元々のSESによらず、経済的に豊になる傾向があった。
以上より親ガチャをどう見るか。行動遺伝学的に見ると、中の下くらいの家庭と、それよりも経済的に恵まれている家庭を比べてみても、集団として見ると大した差は無い。ポリジェニックスコアの高い子供がSESの高い家庭に育つのは、家庭環境の影響もさることながら、親の元々の遺伝の影響が大きいのである。しかし仮にSESが低い家庭に生まれても、本人に遺伝的な素質があれば、成功するチャンスは十分にあるといえる。
-安藤寿康著「生まれが9割の世界をどう生きるか」より引用-

2023年01月05日
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