98.「人前に出るのが怖い」社交不安障害について、

   「人前に出るのが怖い」という訴えは公衆の面前でのスピーチを恐れるスピーチ恐怖症などの社交不安障害(social anxiety disorder,以下SADと略)の中でも、パフォーマンス限局型であり、1対1の対人相互関係まで障害される全般性の社交不安障害、親しい人にも遠慮する回避型パーソナリティ障害のほか、醜形恐怖、選択的緘黙、自己愛性パーソナリティ障害まで、非常に幅広い病理を有する患者が存在する。
 社交不安障害の、全般性・パフォーマンス限局性の割合について調べてみると、全般53.6%:限局3.5%、一般人口を対象に全般性の割合だけを検討した研究では、USAで71%、カナダでは77.1%と、過半数が全般性であった。
それでは、全般性社会不安障害の病理とはどこにあるのか?
これは気質として、幼少時の行動抑制(childfood inhibition)が挙げられる。Kaganらは、生後4ヶ月でアルコール綿を嗅がせるなどの刺激に髙反応で恐がりの気質を持った赤ちゃんは、21ヶ月で見知らぬ女性や物体に驚き、7歳、11歳と続く長い縦断研究において、その気質が継続していくと判明している。この幼少時期の行動抑制が不安障害、特にSAD発症の危険因子であることが分かっている。全般性SADは基本的に「怖がり」の気質があり、この気質は「不安」に変化して存続し、「同級生」との親密な仲間関係を築くよりも回避に向かい、全般性SADに発展する。本人は「性格だから治療できるはずはない」と考えており、受診に至ることはない。また、実際に受診しても「治らない」といわれ、落胆した経験を持つ患者を見ることも希ではない。その結果、大うつ病性障害、摂食障害のような、より急性の精神障害を発症してからの受診になる。
 ここで全般性SADは見過ごされやすいことが問題となる。USAでの研究で、マネジドケア(私立の保険組合)の登録者のうち、全般性SADの有病率は8.2%であった。医療記録を調べると、そのうち0.5%しか全般性SADと診断されていなかった。専門機関の受診でもSADが見過ごされている。ZimmermanとChelminskiは、総合病院精神科の初診患者を半分に分けて、十分に経験を有する精神科医が面接を行った場合(通常診察)と、半構造化面接により診断漏れの無いように面接した場合で、不安障害の診断率を比較したところ、通常診察でSADと診断された率は2.1%、半構造化面接では32.7%という違いを生じた。これはパニック障害の通常診察の診断率8.1%、半構造化面接の診断率15.7%の診断率の差とは異なる。
 全般性SADでは「人前に出るのが怖い」が、対人相互関係に障害を有することから、人前に出ることを断れない。そこで、不安で仕方ないのに無理に出席して、無限に後悔する。治療はこのような病理を理解して、薬物療法に加えて対人関係に焦点を当てた認知行動療法を進めていくことが必要不可欠である。
 パフォーマンス限局型のSADとして、公衆の面前でのスピーチを恐怖するスピーチ障害が挙げられる。全般性SADと比べて、「人前に出ることを恐れる」という限定的な障害である。発症時期は全般性SADでは前期青年期から早期成人期であるのに対して、パフォーマンス限定型は多くは成人期に発症する。

-永田利彦「人前に出るのが怖い」精神科治療学32(1):2017より抜粋引用-

2017年03月02日

64.パニック障害に対する薬物療法終了の基準と方法について

  パニック障害(PD)とは、突然の動悸、呼吸困難感、発汗等のパニック発作(Panic Attack:PA)を繰り返し、その結果予期不安や回避行動が目立ち、社会生活上、大変な不便を来す不安障害の一つである。女性に多く、比較的よく見られる疾患である。治療ガイドラインでは抗うつ薬の単剤投与、必要に応じてベンゾジアゼピン(BDZ)系抗不安薬の併用が推奨されている。しかし、PDは急性期治療により症状は軽減するものの、決して容易に寬解に至るわけではなく、エピソードの平均期間は6~8年とも言われている慢性疾患である。PDが長期治療を必要とする慢性疾患であることを踏まえた上で、PD薬物療法のリスクとベネフィットにつき考えてみる。
1,PDの長期経過:PDは再発しやすい慢性疾患である
PDに薬物療法が有効であることはよく知られているが、より長期間にに渡り実臨床に則した研究結果では、寛解率は約20~80%、寬解後の再発率は20~65%とされている。つまりPDは寬解しにくく再発しやすい慢性疾患であることが分かる。よって、PDに対する薬物療法は年単位で必要になる。この傾向は広場恐怖を伴うPDでより顕著である。また、PDの長期経過について、「治療が成功したからといって症状が完全に消失することは少ない」という事実がある。それはパニック発作が消失した後も、残存症状が残る事が多い。たとえば残存症状として、身体的・恐怖症状的不安、低い自己評価、広場恐怖、心気症、精神的安寧の乏しさなどである。また、予期不安(Anticipatory Anxiety:AA)や恐怖症状的不安、あるいは回避行動(Aviodant Behavior:AB)が残存することも多く、30~80%の患者はPAやAA、AB等の症状が治療開始後6年以上も続くという報告がある。
この場合の寬解の条件としては、症状の持続が短く、軽症で、併発症状がない場合とされる。
2.PDに対する薬物療法終了の基準:推奨される治療継続期間は2年以上、しかしまだ十分なコンセンサスはない。
厚生労働省の治療ガイドラインでは、推奨される維持治療期間は6ヶ月~1年、その後さらに6ヶ月~1年かけて終了、としているが、海外の研究や実臨床によれば、これは明らかに短いようである。
3.PDに対する薬物療法終了の基準:治療継続期間だけでなく、状態も考慮する。
PDの薬物療法についての明確なエビデンスに基づく継続期間は現在の所無い。薬物治療期間をどれだけ長くするかではなく、薬物終了を考える時点での症状がどれだけ消失しているかという点に注目すべきである。治療終了を考えるときに、もし残存症状を認めるときには、安易に治療終了せずに、さらなる症状の軽減、そして完全寬解を目指して薬物療法を継続するか、CBT(認知共同療法)に変更または追加するべきである。さらには、患者自身が薬物療法終了を希望・納得し、それに自信を持っているかどうかも重要である。

 -桑原秀樹ら「パニック障害に対する薬物療法終了の基準とその方法」
               臨床精神薬理Vol.17 No.4 2014より抜粋引用した-
2014年04月30日

51.不安障害の診断・治療の動向について、

  不安障害患者の脳の特徴はどこにあるのだろうか?ヒトは不安や恐怖に直面すると、視床・後頭葉から不安の中枢である扁桃体に刺激が伝わり、一瞬のうちにフリージング(すくみ反応)を起こす。動物行動の進化から不安を研究したNesseらは、パニック障害や広場恐怖などの不安障害は危険から身を守るという意味で適応反応であり、どの動物にも脳内に不安恐怖の回路があり、扁桃体の反応によって起こるすくみ反応などは、正常な恐怖反応であるとしている。ただしヒトの扁桃体には個体差があって、遺伝的に同じ特徴が受け継がれる傾向があるために、不安を感じやすい人の扁桃体は容積が大きく、恐怖刺激による不安症状が出やすい傾向がある。
  扁桃体とともに恐怖刺激の中枢となるのが、側頭葉のinsula(島)である。不安を感じやすい人は、恐怖刺激を与えた際にinsula(島)が過剰に反応する。この島は臓器と密接に関連しているため、島が過敏であるということは、動悸・発汗・緊張・内臓の感覚が過剰に伝えられやすいと言える。そのため不安がより強く認知される。
  また脳の働きの面は、生まれ持った気質にも影響している。Watson,Clark,Tellegenらのモデルによると、人間の感情は独立した2つの感情系に分けられる。2つのディメンジョンを、ポジティブ感情とネガティブ感情という。不安障害患者は生まれつきネガティブ感情が非常に強く、その家族も同様にネガティブ感情が強い傾向がある。 不安障害患者の脳について多くの研究がなされているが、共通しているのは、不安障害の病因は生まれつきの脳の働きによるものが大きいということである。そのため、薬物療法や認知行動療法のトレーニングにより、脳を変化させていくことが必要とされる。ここでは、不安障害の治療の、新たな視点について少し述べる
  不安障害の治療として注目されているのは、マインドフルネスである。不安障害の患者は先のことばかり考えながら、生活しているが、この、マインドフルネスは、今を感じて、今を生きられるようにして不安を和らげていく考え方である。最近ではマインドフルネスの介入がさまざまな不安障害や、うつ病にも有効であるというエビデンスが集まっている。マインドフルネスの考え方に基づいたトレーニング方法、マインドフルネスストレス低減法(MBSR)に関する研究(Goldinら)では、MBSR実施前と後の扁桃体の反応を見ている。この結果、MBSR実施後に恐怖刺激を与えても、体の恐怖反応がでないという結果であった。 このマインドフルネスの導入は、不安障害治療に効果があると考えられるが、実際の臨床ではある程度の薬物治療が必要である。不安障害の治療では薬をいかに適切に使うかが大きな課題となっている。
  不安障害の治療終結は、患者から不安を取り除くことではなく、日常生活に困らないよう不安に対処できるようになることだと考えており、認知行動マニュアルを読んでいただき、患者自身に不安の対処、呼吸法を勉強していただくようにしている。

-田島 治「不安障害の診断・治療の動向」分子生物学No.4、2012より引用-
 
2013年03月31日

49.恐怖記憶の形成・消去と海馬の関係について、その1。

    ヒトを含めた動物は危険な体験をした際に恐怖を感じ、そのときの状況を恐怖感情とともに脳内に記憶することで、再びそのような状況が訪れた際に、恐怖感情が呼び戻され、危険を防御・回避するための行動をとる。恐怖記憶は、ただ1度の恐怖体験で形成され、それが長時間、時には一生の間、保持される。しかし、さまざまな環境に生物が適応してゆくためには、一度獲得した恐怖記憶をさらに強化したり、他の記憶と連合させたり、消去したりする柔軟な記憶の書き換えが必要になってくる。この機能が傷害されると、ヒトでは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やパニック障害などの不安障害を引き起こすと考えられている。
 では、記憶はどのようにコントロールされているのか?記憶はその保持時間により、2相に分けられる。数秒から数時間程度の短期記憶と、1日以上、場合により数十年持続する長期記憶である。短期記憶の形成は既存の分子の修飾により行われるのに対して、長期記憶の形成には新たに合成された蛋白質を必要とする。不安定な状態である短期記憶から安定化した長期記憶に変化する課程は、記憶の「固定化consolidation」と呼ばれる。最近の研究から、固定化された記憶を想起した後に、いったん記憶が不安定な状態に戻り、その記憶を保持・強化するために新たな蛋白質合成を必要とする「再固定化reconsolidation」過程が存在することが示された。また、再固定化過程とは反対に、記憶想起後に元の記憶が抑制・現弱する「消去学習extinction」が行われることも示されている。
 マウスを使った驚愕反応の研究によれば、恐怖条件付けの成立に中心的な役割を持つのが大脳辺縁系に属する扁桃体である。では海馬はどのような役割があるのか?音恐怖条件付けの場合は、聴覚情報は直接視床から扁桃体に入力されて、海馬を必要としないが、視覚・触覚などの感覚情報を組み合わせて状況を認識する文脈性恐怖条件付けの場合は、文脈情報が海馬から扁桃体へ伝達され、海馬依存的となる。ここで、記憶は固定化されると安定して脳内に貯蔵されると考えられてきたが、最近の研究の結果、恐怖記憶は想起された状態で不安定な状態となり(不安定化)、その後新規蛋白合成を必要とする「再固定化」が必要なことが示された。ところで、一度形成された記憶は、想起するとなぜ不安定化し、再固定化するという、一見無駄な過程を経る必要があるのだろうか?いくつかの仮説がある。1つ目は、再固定化を通じて記憶を強化するため。2つ目は一度形成された記憶を新しい記憶と統合させたり、修正したりするため、必要であるとする。
   一度形成された恐怖記憶は、「消去学習」によって抑制することができる。恐怖条件付け実験において、A・B、2つの刺激を同時に与え、条件付けした後に、Bのみの刺激にしてみると、最初は高い驚愕反応を引き起こすが、繰り返していくと、次第に反応を示さなくなる。この過程を記憶の「消去学習extinction」という。PTSDの治療では、患者に安全な環境下で、繰り返し恐怖体験を想起させ、記憶を整理し、恐怖を現弱させていく持続エクスポージャー療法という行動療法が用いられているが、これは消去学習の基づいていると考えられる。
-鈴木玲子・井ノ口馨著「恐怖記憶の形成・消去と海馬」分子精神医学4.2012より 引用-
2013年02月04日

9、パニック障害の本質について、その2

 過呼吸になるとどうして色々な症状が出てくるのか。沢山呼吸するから体の細胞に沢山酸素が巡ってむしろ変な症状は消えていくと考えるのが普通です。体内では酸素の運び屋は赤血球の中のヘモグロビンです。酸素を体の隅々まで運ぶのですが、代わりに隅々に溜まった二酸化炭素を受け取って肺へ運びます。この場合体の隅々で酸素を渡す代わりに二酸化炭素を受け取れないとしたらどうでしょうか。過呼吸の時には、末梢の二酸化炭素が少なくなっているために、酸素が渡せず、酸素欠乏状態になります。体の血管は一部が収縮してしまったり、そのためにより一層酸素を運びにくくなってしまいます。皮肉なことですが過呼吸状態では酸素は沢山体の中に取り込んでいるにもかかわらず、脳や末梢へ運ばれる酸素は少なくなります。このために次のような症状が出現します。-息苦しさ・ふらつく感じ・めまい・周囲のものが非現実的に感じる・困惑・心拍数の増加・手足や顔がピリピリする・筋肉がこわばる・手のひらに汗をかく・口が渇く-など。過呼吸により運ばれる酸素が減少しても、その程度は軽度のものです。こういう症状が出ても本質的には体にとって全く害はないことは覚えておいてください。過呼吸の時に生じる最も不快な感覚の一つは「十分な空気を呼吸することが出来ない」という感覚です。そのためにもっと強く、もっと速く呼吸するようになりますが、これは間違いで、症状が悪化するだけです。過呼吸が続くとさらに次のような症状が出現します。-回転性めまい・吐き気・呼吸が制限される感覚・胸を刺すような痛み、圧迫されるような痛み、胸が締め付けられる感じ・筋肉の麻痺・恐怖感の増強・何か恐ろしいこと、例えば心臓発作や脳出血が起こるのではないか・死ぬのではないかと考えてしまいます。過呼吸では必要以上のエネルギ-を使うので以下のような症状も出ます。-ほてり・発汗・疲労感・筋肉の疲労、特に胸部-など。

        -不安障害の認知行動療法(1)、パニック障害と広場恐怖より引用-

2010年08月09日

8.パニック障害の本質について、その1.

 不安障害の中の、一つの疾患をパニック障害と呼びます。パニック障害とは、あるとき急に、予期せぬパニック発作を起こして、それ以来、この不安を感じた場所に出向くことや、不安が起こるのではないかと考えただけで、パニック症状が出現する場合をパニック障害とよんでおります。普通の人なら恐いと思わない状況で、急に不安や恐怖、不快感を強く感じる発作をパニック発作とよびます。この発作の時には以下に挙げた幾つかの症状が同時に起こります。息切れ感または息苦しさ・動悸・めまい感・ふらつき感・胸部圧迫感・窒息する感じ・気が遠くなる感じ・発汗・身震い・冷汗・現実感消失(周囲が現実でない感じ)・口の渇き・吐き気・腹部の不快感・足ががくがくする・目がぼやける・筋肉の緊張・考えがまとまらない・死ぬのではないか気が狂うのではないかという恐怖感など。パニック発作を経験した人はその原因を探そうとしますが、90%の人はなぜそれが起こったのか理由が分かりません。ストレスと不安、そして過呼吸こそがパニック発作の本当の原因ですが、当人にとってはそれが原因とは見なされません。というのはストレスも不安も過呼吸も徐々に発生するものなので、当人はしばしばそれに気づいていないのです。この症状を持つ患者さんのうち、広場恐怖を合併する30%の人は最初に発作を起こしてから一週間以内に回避行動を取ると言われております。この回避行動とはパニック発作を経験した場所や状況を避ける傾向をいいます。しかもこの回避は徐久に広がる場合もあります。これは条件付けといわれるもので、パニック発作と発作の時の状況は同時に起こっており、これを条件付けで結びつけてしまうからです。発作の記憶がそのときの状況の記憶と関連づけられるのです。状況が発作を引き起こしたという信念を生み出して、この信念が特定の状況への恐怖と回避を引き起こすのです。パニック発作を経験した人が特定の状況を回避するもう一つの理由は、その状況で自分がパニックをコントロ-ルすることが出来ないと感じるためです。コントロ-ルすることが出来ないので、ますますパニック発作が起こったらどうしようかという心配が出てくるのです。

2010年08月02日

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