92.「その島のひとたちはひとの話をきかない」自殺希少地域を行く、

    「生きやすさとは何か」を知りたかった。そのため日本各地五カ所の、「自殺希少地域」(=自殺で亡くなるひとが少ない地域)に行き、一週間ほど滞在した時の記録である。とかく、自殺の少ない地域は人と人が助け合う地域である、或いはとても優しい人たちがお互いを気にしている癒やしの空間のような所と考えがちである。ところが実際は「人間関係は、疎で多。緊密だと人間関係は少なくなる」「人間関係は、ゆるやかな紐帯」であるという。そもそも自殺対策は「予防」と「防止」に分けて考えるものである。防止とは自殺の具体的な手段を遠ざける方法である。たとえば、ビルの屋上のフェンスの高さを高くするとか、地下鉄のホームドアの設置とか、要は自殺に至る前の段階の敷居を高めること。一方の予防は、たとえば飲酒は60g/dayを超える量を毎日摂るとかなり自殺割合が増えることが分かっており、それを減らすような予防対策をすることなど。ここで話題としていることは、この予防策についての議論である。
自殺希少地域の人たちは対話する~「オープンダイアロ-グ」という方法を意識せずに用いていることが分かった。精神疾患を持つ人と、薬の処方や診断を下す前に、対話をしていくという方法は、これまでの精神医療を凌駕する結果を出している。80%近くの人が向精神薬なしに心が回復し、人とつながり続ける。自殺希少地域にいた人々は、とてもコミュニケーションに慣れていると感じた。少し、オープンダイアローグの説明をする。これは精神疾患を病として治すことを求めるのではなく、「生きやすくなるためにはどうしたらよいか」を考える方法である。うつ病が生きにくさの原因としたら、うつ病を治療したらよいが、うつ病が結果であるとしたら、薬で治療しようとしても生きやすさを得られるだろうか。そこで、オープンダイアローグは、ひとの本当のニーズを明らかにしようとして、そのニーズに適合したアプローチをする援助を始めた。その方法は「対話」とした。30年以上の実践により、7つの原則が生まれた。これはひとが生きることを回復させている。
1.困っている人がいたら、今、即、助けなさい(即時に助ける):小さな問題を放置しておくと、それはいずれ大きくなるかもしれぬ。小さい内は問題の解決は簡単だが、大きくなれば難しくなる。問題を放置すればするほど問題の数は多くなり、問題の大きさも増す。解決が難しくなる。
2.人と人の関係は疎で多:挨拶程度のつきあいであるが、困っている人の、困りごとに関わる人とのネットワークが対話により、修復される。地域の人は自分のできる方法でよってたかって助ける。
3.意志決定は現場で行う(柔軟かつ機動的に):現場で行うから、現場で実行し、うまくいっても、うまくいかなくても、それは現場にフィードバックされる。フィードバックを受けて現場ではまた何かを考え工夫していく。
4.この地域の人たちは、見て見ぬふりができない人たちである。(責任の所在の明確化):自分が気がついたらそれが解決するまで何とかする。「できることは助ける。できないことは相談する」
5.解決するまで係わり続ける(心理的つながりの連続性):困りごとが解決するまでつきあう。自然な雰囲気で対話して、不安にならぬようにつながる。
6.なるようになる。なるようにしかならない(不確かさに耐える/寛容):自然は厳しい。相手を変えることはできない。何が起こるか分からない。大自然と対峙し、その中で工夫して生きてきた。幾分寂しいが、心の平穏を保ち、人との争いを減らす工夫のようだ。
7.相手は変えられない。変えられるのは自分(対話主義):相手の言葉、行動、変化を見て、自分はどう感じ、自分はどう反応するかが決まる。それにより相手をどうこうしようとはしない。自分がどう変わるかである。要は「自分がどうしたいのか」、それだけである。この島の人たちは、ひとの話を聞かないのである。
 自殺稀少地域が幸せに満ちた場所かどうか分からない。うつ病になる人もいるし、その地域を嫌って出て行く人もいる。しかし、人が自殺に至るまでに追い詰めたり、孤立させたりするようなことはとても、とても少ないということである。
-森川すいめい著「その島のひとたちは、ひとの話を聞かない」より引用抜粋-
2016年09月03日

43.なぜ自殺者は3万人を超えているのか?その2.

 前号で述べたマスコミのあるべき対応を見れば、「自殺大国」、「格差社会の犠牲者」といったマスメディアでよく使われる表現は、不適切であることが分かる。むやみやたらに自殺者が増えていると報じ、その原因を短絡的に社会問題に結びつけることは、日本社会にとってよい影響は与えないだろう。専門家やメディアが行うべきは、冷静な分析である。ある人がなぜ自殺に至ったかを推測することは難しい。
 個人の心理分析とマクロな統計数字の解析は別次元のものである。統計数字の解析では、人口増加、経済の影響、人口構造の変化、といった要因が、自殺者数にどう影響を与えたのかを、客観的に分析することができる。そのデータを適切に分析すれば、何が自殺者数増加の主要な要因なのかを同定できることもある。しかし、残念ながら、自殺者増加の要因を科学的に分析し、理解しようとする人は少ない。むしろ短絡的に自殺者増加と、目の前の社会問題を結びつける傾向が強い。それは一般の人ばかりでなく、専門家やジャーナリストも同じである。自殺という行為の前では、どうしても心理的解釈に偏ってしまう傾向がある。まず自殺者の増えている要因を理解することによって、冷静に確認する作業から始める。 「長期経過から見た日本の自殺者数」について。日本の自殺者数は3万人を超えた状態が続いている。これは事実である。では日本の自殺者数はどのように変化してきたのであろうか。1900年から2006年までの日本の自殺者の変化を見ると、1900年(明治33年)には、日本の自殺者は年間1万人前後しかいなかった。しかし現在は3万人を超えている。多少の波はあるが、長期的に自殺者は右肩上がりに増えている。一番の原因は何だろうか?単純な答えであるが、一番大きな要因は日本の総人口が増えたことによる。1900年の日本の総人口は約4000万人である。現在の人口は1億3000万人だから、100年間で日本の人口は約3倍に増えて、それに伴って、自殺者も3倍に増えたということになる。人口増加の要因を除外するには、人口あたりの自殺者数で比較する必要がある。これには、人口10万人あたりの自殺者数の比較が適切で、粗自殺率と呼ぶ。粗自殺率で見ると、1900年は大体20人/10万人くらい、その後オリンピックやバブル景気という好景気では自殺率は減少するし、なべ底景気、円高不況、そして現在の平成不況では自殺率が上昇するが、粗自殺率は大体(20±5)/10万人の範囲内で揺れが起こっていることがわかる。経済状態は自殺率に大きな影響を与えるということが推測できる。こういう影響は他の国でも当てはまる。たとえばフィンランドは1990年から1994年にかけて、4年連続でGDPがマイナス成長となるような大不況に見舞われた。1991年にはGDPが年間6%も低下する事態となり、その結果自殺率は急上昇して、30/10万人を超えるような事態が起こった。しかしすべての国において、経済状態が自殺率に大きく影響するわけではない。ギリシャ・イタリア・英国・メキシコ・スペイン・イスラム諸国という国々は不況になってもそれほど自殺率は増えない。不況になって自殺率が変化する国と変化しない国の違いはどこにあるのだろうか?これは、その国の元々の自殺率の問題がある。不景気でも自殺率が低い国は、元々の自殺率が低い国である。恐らくこれら自殺率の低い国は、自殺への抵抗感が強いのだろう。これらの国では粗自殺率は10/10万人以下である。一方フィンランド・ハンガリー・ロシア・日本・韓国という国々は元々の自殺率が高く、従って自殺率の変動も激しい。自殺への抵抗感が比較的弱いので、経済や社会情勢の影響を受けやすい。さて、この100年間で日本の自殺率が下がったのは戦争中である。そして戦争中自殺率が下がる現象はどの国でも認められる。これは、社会心理の影響といわれている。 国民的大戦のような社会的激動が生じると、それによって集合的感情は生気を帯び、党派精神や祖国愛、政治的信念や国家的信念が鼓舞され、種々の活動は同じ一つの目標に向かって集中し、少なくとも一定期間はより強固な社会的統合を実現させるから、と説明されている。

     --富高辰一郎著「うつ病の常識はほんとうか」日本評論社より引用--
2012年08月07日

42.なぜ自殺者は3万人を超えているのか?その1。

  マスコミは連日、日本の自殺者は3万人を超えていると報道する。確かに警視庁の調べによると、1998年から2010年までの13年間連続で、年間自殺者数が3万人を超えている。政府も緊急の課題として自殺対策事業を行っている。自殺予防や対策に、2006年は184億円、2007年247億円、2008年144億円、2009年139億円と多額の予算が使われている。なぜ自殺者が3万人を超えているのか。その原因や対策については様々な人が推察している。日本経済の停滞を重視する評論家もいれば、格差社会が広がった結果であるというジャーナリスト、あるいは、セーフティーネットの充実を主張する社会活動家もいるし、医療機関への早期受診を訴える精神科医もいる。
自殺の統計について報道しコメントする場合には、その背景をきちんと伝えることが必要である。マクロの数字はどうしてもセンセーショナルに受け止められるからである。自殺報道は、数字の大きさを強調しすぎると悪い効果を及ぼす。多くの健康リスクや不慮の事故において、問題の重要性を世の中に呼びかけ、危機感を煽ることは、よい方向に働く。例えば日本では年間7万人が肺がんで死亡しているし、約9千人が窒息死(食べ物をのどに詰まらせる例が大半である)している。これらの報道を聞けば、禁煙する人が増えるかもしれないし、介護施設の職員は老人の食事にさらに気をつけるだろう。しかし自殺の場合は事情が異なる。自殺報道が過剰になると、むしろ自殺を誘う方向に働く可能性が高い。これは過去の歴史や統計から実証されている。有名な芸能人が自殺を図った時に、後追い自殺のような現象を思い出してほしい。このようなセンセーショナルな自殺報道の後に自殺者が増えることをウェルテル効果と呼ぶ。ゲーテによって書かれた「若きウェルテルの悩み」という小説が出版後に、欧州で若者の自殺が急増したことから名付けられた。ゆえに抑制のない過剰な自殺報道は、自殺を促進してしまう。自殺を考えたことのない人は、日本で自殺者が増えていると聞いても、冷静に受け止められる。しかし自殺を迷っている人の場合、こういった数字を悲観的に捉え、社会に絶望し、自殺を考えるきっかけになることもある。これらのことから、過剰な自殺報道やセンセーショナルな自殺統計の説明は、社会に自殺への注意を喚起するよりも、自殺への関心を増やすことになる。これらを踏まえて、WHOではメディア関係者向けに自殺予防の手引きを作っている。1.統計学は注意深く、そして正確に説明されること、2.「自殺の流行」もしくは「世界でもっとも自殺率の高い場所」といった表現は避けるべき。3.即興的なコメントは注意深く用いられなくてはならない。
         --冨高辰一郎著「うつ病の常識はほんとうか」日本評論社より引用--
2012年06月28日

13、自殺研究の結果について、

  自殺の原因分析を行った資料が手元にあります。全国の政令指定都市を中心に、一定期間に起こった自殺者の遺族を訪問して、その特徴を調べたという調査です。この調査によると、全体として、自殺は男性が女性よりも多く、年齢では人口動態統計と比較して、20代と30代の割合が高く、60代の割合が低いという結果だそうです。地域別にみると、東北北陸、近畿の割合が高く、九州の割合が低いそうです。自殺の手段としては、縊死(首つり)の割合が最も高く、飛び降りや薬物によるものも高いそうです。死亡時の職業では、被雇用者・勤め人の割合が高く、主婦・無職者は低いそうです。ここで、自殺予防のための介入のポイントとして、主たる自殺方法の三群、縊死、飛び降り、ガスのうち、年齢別に比較してみると、縊死はすべての年齢階級にわたって認められたのに対して、飛び降りは若年群(39歳以下)で90.9%、ガスは中年群(40~59歳)に75.0%と、特定の年齢階級に優位に関連したそうです。また、臨床診断で、特徴的な精神障害は無かったものの、飛び降りが若年群に多いことから、学校教育年齢における衝動性制御能力の獲得が自殺予防につながる可能性があるとのこと。死亡時の職業の有無について、分類したところ、有職者には、既婚の男性を中心に、死亡1年前のアルコール関連問題や、死亡時点の返済困難な借金という社会的問題を抱えていた事例が多かったそうです。一方、無職者では、有職者と比べて、女性の比率が高く、青少年の未婚者が多い。この場合、有職者に認められたような、社会的問題は確認されていない。精神科受診群と非受診群の比較では、死亡前1年間に精神科もしくは心療内科の受診があった者は50%で、受診していた者と非受診群は全く半々であった。受診群ではやや女性が多く、39歳以下のものが65.8%を占めており、非受診群と比べて有意に若年であった。さらに受診群では57.8%の者が治療目的で処方された向精神薬を過量摂取しており、55.6%の者が死亡前に自傷・自殺未遂を経験していた。診断的に多かったのは、受診群では、気分障害(63.5%)、統合失調症(18.9%)の割合が、非受診群と比べて高く、非受診群では適応障害(16.2%)が高いという点で、有意差があった。なお、受診群では、89.5%の人が、死亡前1ヶ月以内の受診があった。
 さて、自殺のサインとしては、「死について口に出すこと」「過去1ヶ月の身辺整理」「不注意や無謀な行動」「身だしなみを気にしなくなる」ことが自殺のリスクと強い関係にあったそうです。このようなサインをみたら、危険性が高まっていると考えるべきです。 
    -加我牧子ほか、心理学的剖検データベースを活用した自殺の原因分析に関する研究-から引用

2010年09月11日

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