45.信用できない「専門家」について

  医学的な事柄に限らず、どの分野でも同じことがいえるかもしれぬが、実際に自らの身をもって経験してみないと、正しい認識を得られないことは多い。医療スタッフとして、重症のうつ病患者の担当になるか、あるいは、自分自身か家族がうつ病を発症するような経験をしないと、うつ病の病気の性質はなかなか理解するのは難しい。
 この意味では、素人の著者が、本やインターネットで読んだ知識により書いているうつ病に関する文章には注意した方がよい。事実とはまるで逆のことが、堂々と真実であるかのように主張されていることがある。さらには、これは著者が医師の場合にも当てはまる。実際は専門が基礎医学であるにもかかわらず、精神科の専門医のようなふりをして本を書いている著者さえいるのである。これは一種の詐欺といってもよい。現在の医学は専門性が強いために、専門外のことについては、せいぜい学生向けの教科書程度のことしか書けないものである。ある大学のA元教授は、生理学の教授であったのに、うつ病に関する著作がいくつかあり、うつ病の治療に腹式呼吸と座禅を勧めているが、精神医学から見ると首をかしげる内容ばかりである。A元教授はうつ病の診療や治療に関してはまったくの専門外であることは明白である。これは自戒を込めて言うことになるが、精神科医と称していても、信用できないことも多い。心理学科の教授をしている精神科医の場合など、疑ってかかる必要がある。日常業務として患者の診療をどのくらい行っているのかが、問題である。実際には学外のアルバイトとして、週1回程度の外来診療をしている程度で、重症患者を扱うことなどほとんど無い。たとえ医師として優秀であったとしても、長く現場から離れれば腕も落ちるし、知識も古びたものに成るのは当然である。従ってこうした著者の文章を読んでも実際に役立つ知識は得られないことが多い。
  それならば、医学部の精神科教授の言うことなら信用できるかといえば、それも必ずしも正しくはない。一般の人々にも、大学病院の診療レベルが必ずしも高くはないという事実は浸透してきているが、医学部の教授の臨床能力があまり高くない(というか、実を言えばかなり低い)ことは、なかなか認識されていないようである。医学部の教授選考で重視されるのは、業績であり(業績とは医学の専門誌に掲載された英語論文の数をさしている)、臨床能力が考慮されることは全くないからである。この結果、精神科の教授の専門が精神疾患ではなく、遺伝子の解析であったり、基礎的な動物実験であったりすることになる。したがって、このような教授たちは実際の臨床経験がほとんど無く、臨床のノウハウを知らない場合も多いのである。臨床ができる教授を捜すことは、なかなか難しいといってもよいくらいであろう。

         ー岩波明「うつ病」-まだ語られていない真実-より抜粋引用したー
2012年10月04日

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