79.カウンセリングの副作用について、

   ロジャース派のカウンセリングについて紹介する。カール・ロジャースは、1902年イリノイ州の豪農の家に生まれた。はじめ農学について学んだが、やがてコロンビア大学で心理学を学び、ニューヨーク州児童虐待防止センターで精神療法の仕事を始めた。当時アメリカでは、精神療法は精神分析と行動療法であったが、ロジャースはこれに代わる新しい方法として、非指示的(non-directive)方法を提唱した。のちに「クライアント中心療法」と言い換えた。このロジャース派の基本原理は、患者(クライアント)の自己実現傾向に全幅の信頼を置き、治療者が条件さえ整えれば、患者は回復していくと考えることである。この前提に立てば、重要なのは技術ではなく治療者の態度である。治療者が患者の自己実現傾向を尊重して深い関心と共感的な理解を示すことができれば患者は回復していくとされる。特別な介入も必要ないし、技術も不要である。疾患に関わらず、治療者の基本的な態度が治療を決定するので、診断も重要ではない。一方、精神科医療へのロジャース派の影響は限定的であった。理由は、精神科医療の中心は統合失調症の治療であり、ロジャース派の精神療法は適応にならないという面がある。現在では、ロジャース派の精神療法は精神療法全体の基礎的な素養として取り込まれ、狭義の精神療法としてのロジャース派の歴史的使命は終わった。カウンセリングの副作用について、当然のことながら存在する。筆者のこれまでの経験から「薬物療法は副作用や依存が怖いので、精神療法(カウンセリング)治療を受けたい」という患者が多い。これは大きな誤解である。確かに薬物療法の副作用はいくつもあるが、カウンセリングによる副作用もしばしば不可逆的である。
1.共感的理解:自由で対等な雰囲気のやりとりが重視されるが、際限のない受容や共感は患者の病理を増悪させうる。治療者への限りない依存や幻想を生み出しかねないし、患者の退行を引き起こす。また、受容的な態度は、時に患者を混乱させたり、逸脱行為に導いたりする。さらに対等な立場の強調は治療者-患者という関係を曖昧化させて、様々なトラブルの要因になる。
2.面接の目的は患者の自己実現:治療の対象は「不登校」「気分の落ち込み」等の症状ではなく、その背後にあるパーソナリティーである。ここで治療の目的と患者の望む症状の改善が異なってしまい、ねじれ現象を起こす場合がある。そして自己実現はそう容易に達成されるものではないので、(そもそもこれは理念であり、本当に自己実現した人などいないのではないか)治療期間も長期にわたリ、患者に高いコストが生じる。
3.洞察による変化:治療者が相応しい態度を示せば患者の変化が面接場面で生じるということは、治療者の側で、面接場面だけで理解しようとする治療者の勝手な思い込み(思い上がり)かもしれない。現実的な患者の生活や行動が見えないのだ。
4.患者の可能性:健康面を評価しようとするあまり、病理の見落としがあるかもしれぬ。実際にはカウンセリングでは治療できない精神科疾患・身体的疾患があるが、カウンセラーは医師ではないので、その鑑別ができない場合、患者と家族にいつまでも誤った希望を抱かせる場合もある。
 -野村俊明「ロジャース派の精神療法およびカウンセリングの副作用」精神神       経誌117卷6号 より抜粋引用・一部追加-
2015年08月02日

RSS FEED RSS FEED  記事一覧 記事一覧  TOPPAGE コラムの最初のページへ  TOP ページの先頭へ