205.「薬をやめられますか?」と尋ねられたとき、
治療中の統合失調症の患者さんで、長期間安定している患者さんから、時々聞かれる。
多くの人にとって病気とは、「病み終える」ことができる、人生の一時期に訪れる仮の状態というイメージがある。小児の慢性疾患など多くの例外はあるものの、一般に風邪やインフルエンザなど、子どもの頃に罹患する一過性の疾患で病気の概念を学ぶ。辛く苦しい時期を乗り越えて、万全とは言えない体調ながらも、症状が無くなったのであれば、治療は当然終結に向かうものと考えて、「薬をやめられますか」と尋ねる。ごく自然な気持ちであろう。
この問いは、「いつになったら病気をする前の元の自分に戻れますか?」という問いである。
しかし、統合失調症について、最も確かなことの一つは、「服薬を継続する方が再発が少なく、死亡リスクも低い」ということである。6500例の患者データを使用したメタ解析の結果からは、服薬中断で再発リスクは約3倍となっている。しかも再発は抗精神病薬への反応性を悪化させ、脳の体積減少を促進し、次の再発に向けた強いリスク因子となることが分かっている。
フィンランドのナショナルコホートを用いた研究では、退院後5年以上を経過していても、服薬中断は再発の増加や死亡のリスク因子になる。統合失調症薬物治療ガイドライン2022では、「安定した統合失調症患者に抗精神病薬を中止せず継続治療することを強く推奨する」としており、1Aという最も高い推奨がつけられている。「寛解」はあっても「完治」はしない。「統合失調症を病み終えることはできない」というのが、現在の精神医学の基本的な考え方である。
もちろん服薬を中止したからといって全ての統合失調症患者が再発するわけではない。前述のメタ解析において、プラセボ群2997名の観察期間に関係ない再発率は57%であるし、多くの長期観察研究において未服薬群の再発率は数年でプラトーに達し、100%になることも無い。しかし大変残念なことに、我々は再発する患者と再発しない患者を見分けることができない。
初回の精神病エピソード患者について、再発または寛解維持と関連する因子を検討した研究論文でも、中止を支持するエビデンスは無いと結論づけている。
一方で、患者が薬をやめたいと思う理由が副作用のためという可能性もある。服薬を自己中断した統合失調症患者に対する調査では、副作用は最も頻度の高い中断理由であった。中でも体重の増加や血糖値の上昇、脂質異常などの代謝性障害は統合失調症患者の心疾患による死亡率の高さとも関係しており、その対策はきわめて重要で有り、頭がはっきりしない等の認知機能の障害も、重要なポイントである。
ただし、抗精神病薬を長期にわたり服用することで、死亡率が低下することは先に見た通りであり、これは服薬による精神症状の改善が、ライフスタイルや受療行動の改善を来す結果であると考えられている。
代謝性の副作用という観点から考えると、抗精神病薬を中止するのでは無く、服薬を継続した上で、ライフスタイルの指導や、外来でのモニタリング、必要時の内科医との連携などを行うことが、もとめられる診療である。認知機能障害については、服薬群と未服薬群を比較した研究でも、服薬群のほうが認知機能が優れていることを示すエビデンスがある。
「薬をやめられますか?」という冒頭の問いに対する最初の一言は、「どうして薬をやめたいのですか?」である。患者の心配が副作用にあるのであれば、既に述べたエビデンスについての説明が有効かもしれない。体重については運動を推奨する、栄養士の助言を得る、薬剤を変更する、などが提案できる。陰性症状や認知機能障害については、現在の状況を考えて、減薬で改善が期待できるかもしれない。減量については、統合失調症薬物治療アルゴリズムを参照して、再発のリスクをできるだけ減らした対応が重要である。一方で、統合失調症薬物治療ガイドライン2022では、再発のリスクを重く見て、減量は推奨していないことも併せて指摘しておく。
患者の希望が純粋に治療の終了に関するものである場合にはどうだろうか。この問いには、私自身も、「どうする?」という自問自答を繰り返している。
ここで、先達の先生方の知恵として、「めがねの話」を思い出す。「眼鏡をかけることは少し面倒であるが、眼鏡をかけることで不便無く普通に暮らせる。お薬も同じで、あなたが普通に暮らせるように守ってくれるものです」という趣旨の説明を行い、これは私も時々使わせてもらっている。この説明の大切な点は、ポジティブな側面を強調して服薬を推奨していることである。
また、よく見落としがちなことは、現在の内服が再発予防であることをきちんと伝えることである。
服薬中断に関する患者調査では、副作用の他に、「自分で治したいと思った」「もう良くなっていると思った」との回答も上位にあり、患者の中で「治療」と「再発予防」が混同されていることが判明している。
冒頭に述べた通り一般に「治療」は有限なものと考えられているから、どこかで区切りをつけることも大切な作業である。「治療」の時期と「再発予防とリハビリ」の時期をはっきりと明示的に伝えることも大切である。具体的には「薬による治療は上手く進んで、幻聴や妄想は治まっている。この先の内服は再発予防のためである。幻聴妄想は再発することのある症状で、内服しているとその可能性は1/3位に減らすことができる。今あるやる気の出づらさなどの陰性症状や、頭の働きづらさ等の認知機能の問題は薬が効きにくくて、あなた自身の回復力で改善していく部分である。改善には何年という単位の時間が必要になる。そのためのリハビリを一緒に頑張りましょう」という話になる。
一方で、 Shared decision making(SDM)が推奨されている。SDMでは、患者と治療者は双方向性に意見を交換し、患者の希望するリカバリーゴールに向けて、双方の責任のもとに治療に関する意思決定を行う。しかし統合失調症の服薬中止に関する話し合いは、中止しないことを前提に、どうすれば服薬を継続してもらえるかという議論になりがちで有り、本コラムもその一例となってしまった。勧める医師の側には十分な根拠があるわけだが、服薬を継続するというゴールの決まった上での議論なので、その実態はパターナリズムに他ならない。オランダのコホート研究では、1年間の薬物治療を行った初発の統合失調症患者21351名のうち、2~5年間服薬を継続した人は、9.3%にすぎないことが判明している。このことは心理教育の重要性を示唆する一方で、医師とのSDMのもとに治療を継続することを諦めてしまう人が多いことを示す。我々のSDMの限界点を教えてくれる様に思う。
-橋本直樹「長期間安定している統合失調症と診断されている人から(薬をやめられますか?)と尋ねられたとき」-41(1):2026、精神科治療学より引用-

