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2026-01-01

204.行動遺伝学、教育は遺伝に勝てるか?

 新年明けましておめでとうございます。本年もどうか良い年でありますように、心からお祈り申し上げます。
さて、前回は、行動遺伝学の大まかな内容について説明した。
今回はもう少し詳しく、中身を見てみる。
ここで以下の内容につき、行動遺伝学的な見方の説明をしておく。
1.遺伝性が強い、あるいは、2.環境的な要因が強い、3.そのどちらでもない個々人の個性というような要因、という分け方を、行動遺伝学では、1.遺伝の影響、あるいは、2.共有環境の影響、または、3.非共有環境という言い方をする。
例えば、同じ家庭で育った遺伝子が等しい一卵性と、遺伝子的には一卵性の半分しか共有していないが同じ家庭で育った二卵性の類似点を比較してみる。
一卵性が二卵性よりも よく似ていれば、それは遺伝の影響がかかわっていると判断できる。更に一卵性の類似点が二卵性を上回っている程度が大きければ大きいほど、遺伝の影響がおおきいと判断できる。逆に一卵性双生児も二卵性双生児もどちらも似ているとしたら、それは遺伝性ではなく、2人が経験を共有することのできる共有環境が関わっていると推察できる。更に遺伝要因も共有環境要因も等しい一卵性でも似ていないとしたら、その分は1人ひとりに固有に効いている非共有環境の影響ということになる。
似ている程度は相関係数という数字で表しており、完全に一致していたら1.全く違っていたら、0になるような数値である。
  まず、親が一番気にしそうな知能と学業成績の一卵性と二卵性双生児の相関関係を見てみる。
これはIQテストにより測定されたもので、2010年にそれまで発表された論文の一万組を超えるデータを全てまとめて計算された信頼度の高いものである。
児童期、青年期、そして成人期初期と成長するに連れて、一卵性双生児の相関は上昇するのに、二卵性双生児の相関は減少する。そこからこの間に遺伝の影響が41%~55%、そして65%まで上昇していることが分かる。共有環境、つまり親や家庭の影響は、児童期には33%とそれなりにあるが、その後は18%、16%と減少する。これは大きくなるにつれて家庭を離れ、自立する機会が増えることで、親の影響が薄れて、本来の遺伝的資質が顕在化してくることを示唆する。
 学業成績のデータは、1960年代後半に行われた少々古い物だが、小学生、中学生あわせて465組の双生児に対して行われた。遺伝の影響は小学生の時が25%~55%であるのに対して、中学生では、14%~40%として全体として少なくなり、逆に共有環境の影響が小学生の時より中学生の時の方が大きくなる。小学生、中学生とも、算数・理科のような理数学系の遺伝率が低いのも特徴である。一見、もっとも地頭の良さが効いてきそうな科目であるが、これらの科目の勉強に力を入れる程度の差が、家ごとに、他の科目より大きいことがうかがえる。
 また、アメリカでは1970年代、イギリスでは2000年代と時代が異なる研究であり、単純な比較はできないが、イギリスの方がアメリカより遺伝の影響が大きい傾向がある。家庭間の階級差が大きい故に、共有環境の影響がアメリカよりも大きそうなイギリスであるが、人種のルツボといわれる大都市ロンドンに象徴されれるように、階級差も実は遺伝的な差が反映しているのかもしれない。そして何にもまして日本は家庭環境の差がしばしば遺伝をしのぐ影響力を示している可能性があることは興味深い。
このように知能や学業成績の個人差には共有環境、つまり親の育て方や家庭環境の違いが顕著に現れるという点できわめて重要である。共有環境の影響があると言うことは、とりもなおさず、子ども達が与えられている環境を使って学習しているということである。知識や技能を学ぶための教材や機会が与えられるような物は、共有環境の影響が認められ、学習により脳の構造やネットワークのつながりが累積的に変化することにより生じる。
これは次に述べるパーソナリティーや発達障害と大きく異なる特長である。
子どもにとっては遺伝要因も家庭要因もどうすることもできないガチャ要因である。自分自身のもつ遺伝要因と生まれ落ちた環境により、合わせて8~9割が説明できるほどの大きさだというのに、このことをほとんど知られていない世間では、子どもがお勉強ができない理由を、本人の努力不足や、勉強の仕方、先生の善し悪しといった、もっぱら非共有環境のせいにされている。これは子どもにとって、極めて理不尽であるといわざるを得ない。
  **パーソナリティーは親の育て方と関係が無い?**
パーソナリティーと精神疾患や発達障害の双生児相関と、遺伝・共有環境・非共有環境の影響の割合を見たデータがある。内容としては、パーソナリティーの項目では、神経質・外向性・開拓性・同調性・勤勉性・新奇性追求・損害回避・報酬依存・固執・自己指向性・協調性・自己超越性などという項目である。また、精神障害・発達障害の中には、統合失調症・自閉症・ADHD・うつ傾向等の項目が入っている。
 このデータを見て分かることは、知能や学力と明らかに違う点は、二卵性の相関が一卵性の相関の半分かそれ以下で、類似性が遺伝だけで説明できてしまうこと、共有環境の影響は無いか、あっても統合失調症のようにごく僅かだということである。共有環境の影響が無いということは、とりもなおさず親や家庭の環境からの影響が無い、つまり家庭で親の姿を見て学習したり、それを教育したりすることができないものだということである。
つまり、勤勉な子ども、活発な子ども、心根の優しい子どもに育てるのは親の責任では無く、あくまで遺伝的な要因が大きいということである。
逆に、このように遺伝の影響を強調すると、パーソナリティーや精神疾患・発達障害は遺伝により決まっていて、環境ではどうにもしようが無いと思われてしまいがちであるが、そのような意味では無いことも同じように強調しておかなくてはいけない。
これらのデータからは、同じ環境で育った一卵性双生児ですら、完全な一致を示す相関係数1からはほど遠い0.5くらいで(自閉症・ADHDはそれより大きく0.8くらい)であり、非共有環境が大きいということである。非共有環境とは、同じ家庭で育っても1人ひとりが家の内外で行う異なる経験、それにより遺伝子を共有する家族でも互いに似させないような環境の影響の総体を示す。
  このように双生児の類似性を分析することで、1人の個人的経験ではなかなか気づくことができない遺伝の影響の有無を明らかにすることができる。また逆に環境の影響の大きさにも気づくことができる。しかし、遺伝の影響があるというなら、どんな遺伝子が関係しているのかという疑問を持つであろう。実は2015年頃に、膨大な遺伝情報から、知能に関する遺伝子群を見つけることに成功した。知能の高さとある程度の関連性をもつ学歴(正規の学校に通った年数、すなわち中卒か高卒か、大卒か、どの段階で落第してしまったかなど)を、生年月日、性別、などの普通の調査項目としてざっくりと聞いて、そのデータ数が100万人分以上あることに注目した。これにより、学歴の長さに関連する遺伝子が1700カ所みつかり、その総説明率は12%ほどになった。2022年に新たに追加された300万人分のデータを分析すると、3900カ所で、16%も説明できるようになった。これは知能の遺伝率50%の約1/3に相当する。これにより、これまでは集団の統計量としてしか算定できなかった遺伝の影響が、1人ひとりの遺伝ポイント(これこそがポリジェニックスコアである)として算出できるようになった。
-安藤寿康「教育は遺伝に勝てるか?」より抜粋引用した-

2026年01月01日
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