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2025-03-02

194.発達障害グレーゾーンとリワークプログラムについて、

職場不適応の背景にある特性を知る
うつ病などのメンタルヘルス不調で会社を休職した後、なかなか復帰できなかったり、復職してもまた休職したりする人たちの中に、発達障害的な傾向を持つ人が多くいることが近年分かって、リワーク(職場復帰支援)プログラムにも変化が生まれている。
リワークプログラムとは、復職に当たって、集団作業療法をベースとしたもので、疾病理解を深める学習、自分の体調をモニターする方法、認知の偏りを修正する集団認知行動療法、問題解決能力を高める練習、軽い運動を中心とするストレスマネジメントなどに取り組むことである。プログラムに参加することで、生活リズムを整える効果も生まれてくる。現在は、精神科病院や精神科クリニックなど多くの医療機関が実施している。
 リワークプログラムを提唱されはじめた頃は、主にうつ病の人を対象にしていたが、次第に発達障害的な傾向を持つ人などにも対応していく経緯を見ていくと、頑張りすぎから不眠などを経て、典型的なうつ病(メランコリー親和型うつ病)を発症した人は、もともと社会性が高いので、復職支援はそれ程難しくなかった。その中で、リワークプログラムに残ってしまう人、なかなか復職できない人を調べてみると、実はうつ病ではなく、双極性障害、あるいは軽度の双極性障害の傾向を持つ人が多いことが判明した。このタイプの人もうつ状態に苦しむが、うつ病の人によく見られる几帳面さや対他配慮は目立たず、時には元気になりすぎて周囲に迷惑をかけてしまう人がいる。この場合、プログラムをこなすだけではなく、炭酸リチウムなどの気分安定薬を使うと落ち着き、復職にもプラスになることが分かった。しかし、それでも一定数の人々が残ってしまう為、さらによく調べると今度は発達障害的な傾向を持つ人たちが、とり残されていることが分かった。
 発達障害と確定診断はできないが、その傾向を持つ人たちは、学生の時は成績が良くて、すんなりと就職も決まる。ところが3年目くらいで仕事を任されると、途端に行き詰まることが多い。自分で判断したり、根回しをしたり、込み入った問題解決を求められたりすると、そこで行き詰まってしまう。知能検査では能力に凸凹があり、言語的な能力は突出しているのに作業が遅かったり、視覚認知や推測が不得手だったりする。それがつまずきやストレスの原因となり、うつ状態から休職につながる。このような場合、コミュニケーションの取り方とか、職種の選び方とか、従来のリワークプログラムよりも、きめ細かな指導や支援が必要になる。
 しかし、当初は、グレーゾーン的な大人の発達障害に対応できる精神科医が少なくて非常に困った時期もあった。協力を求めても「グレーゾーンは発達障害ではない。過剰診断されては困る」とけんもほろろの対応であった。でも診断基準に当てはまらなくても、発達障害的な傾向ゆえに彼らが困っているのは事実である。協力要請を続けているうちに、大人の発達障害が社会にも注目されるようになり、理解してくれる専門家が増えてきた。その結果、発達障害的な傾向のある人をリワークで支援する際のマニュアルもできた。(自閉症スペクトラム症の特徴がある参加者へのリワーク支援の手引き)
しかし、ここでグレーゾーンという曖昧な言葉を気軽に使う現状には懸念がある。
発達障害グレーゾーンという言葉には、過剰なラベル付けを招く恐れがある。グレーを黒ではないという意味で使うのであればまだしも、白じゃないから治らない病気と解釈されかねない。これは就職差別につながるかもしれないし、本人が「生まれつきの障害だから仕方ない」と考えて、必要な努力を怠る恐れもある。
 とかく医師はグレーゾーンの特性で職場不適応になったケースばかり診ているので、グレーゾ-ンの人は皆、大変なのだと思いがちであるが、そもそも受診するのは困っている人だけである。
実際は、同様の特性があっても自分の工夫で乗り切って、それ程困難を感じない人がかなりいる可能性がある。研究者とか株のトレーダーとか、自分に合った仕事を見つけて生き生きと働く人もいるはずである。一般の人を含む大規模調査を行わない限り実態は分からないので、「グレーゾーン=困難を抱えている人」という決めつけはよろしくない。
グレーゾーンの人が直面する困難に対しては、仕事を変えるとか、同じ会社でも職種を変えるとか、そうした工夫でかなり減る可能性がある。相手とのコミュニケーションが円滑でなくとも、あいさつなどの社会的な礼儀を学ぶことで乗り越えられる場面は多い。特定の事への強い興味関心という特性を武器にして、相手と意気投合する術も磨ける。
なお、今の若い人はグレーゾーンでなくても、コミュニケーション不足で会話の力が育たず、グレーゾーンのようにも見えることもあるので、なおさら安易な決めつけは禁物である。
 発達障害の診断基準は満たさないものの、その特性が一定以上あって、かなりの困難を抱える人々を表す言葉はまだ無い。専門家は「閾値下」というが、これも一般に浸透していない。
発達障害グレーゾーンという言葉は一般人に広まったが、医学的な根拠も明確な定義もないまま、安易に使われ過ぎている。
拡大解釈すれば全人類が当てはまってしまうようなグレーな括りに自分や他人を当てはめて、発達障害ごっこをしても意味は無い。そんなことよりも、自分の特性をしっかり把握して、それに応じた軌道修正を行って居場所を見つけることが、生き辛さから逃れる近道だと考える。
発達障害的な傾向のある人にも対応するリワークプログラムは、そのためのツールの一つである。

-佐藤光展「心の病気はどう治す?」より抜粋引用-

2025年03月02日
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