195.ひきこもり「病的から新たなライフスタイルへ」
>もしもドラエモンが未来から来ていなかったら、のび太は引きこもりになっていたはずだ<
九州大学精神科気分障害引きこもり外来、加藤孝弘Dr曰く、国民的アニメを独自の視点で見ている。原作のエピソード「未来の国からはるばると」によれば、のび太の孫の孫にあたる22世紀のセワシ君がドラエモンを20世紀に送り込んだ理由は、成人したのび太が会社経営に失敗して多額の借金を背負い、子孫までも返済に追われる負の歴史を変える為であった。タイムパトロールに見つかったら、大目玉を食らいそうなその歴史改変工作は、のび太の不登校を防ぐことから始まっているという分析は、確かに納得できる。
しかし、引きこもりを「あってはならないもの」と目の敵にしたり、何でもかんでも「病気」と扱って治療を強制したりするわけではない。
では、病的引きこもりとはどのような状態なのか。加藤医師はアメリカのオレゴン健康科学大学の精神科医アラン・テオさんらと共同で、病的引きこもり診断のための面接法を開発した。その一環で、次の4つの基準を6ヶ月以上に渡り満たした人を、2015年に病的引きこもりと定義した。
基準A:身体的引きこもり(ほぼ毎日、ほぼ一日中家にいる)
基準B:社会参加への回避(学校や職場などとの社会的状況をほぼ回避する)
基準C:社規的関係の回避(家族や知人との直接的な交流を回避する)
基準D:社会生活上の苦痛(これらの事による社会生活に支障を来す)
規準の説明をすると、規準Aに「ほぼ」と付いているのは引きこもりの人の大多数はコンビニなどの買い物はしている。これは規準Bの「ほぼ」にも関係する。規準Dは、精神疾患の診断で特に重要なポイントである。
精神症状はあっても本人は困ってなくて、社会生活上の支障が無ければ精神疾患とは見なされない。家にずっと引きこもっていても、本人がオンラインの世界で生活をエンジョイしていて、お金にも困らない環境であれば、治す必要が無いので病気とは扱われない。
「本人が困っていなければ病気ではない」という条件は、あらゆる精神疾患に共通する。
治療的介入を行うかどうかは、本人が困っているか否かの見極めが大変重要である。
しかし、規準Cにおいて、急速に進化するオンラインの世界に、対応し切れていなかったことが欠点であった。オンライン世界での人との対応で、「友人はおります。日常会話もしております」という人がかなりいる。オンラインゲーム上でしか会った事のないネットフレンドのことだ。実際に面会してなくても、仮想空間では積極的に対人交流しているのだから、定義の見直しが必要になった。
そこで、2019年に病的引きこもりの新しい定義を提案した。
この提案は国際診断基準ICDとして正式に採用される可能性が高いものである。
ポイントは、必須項目は物理的撤退(自宅に引きこもって孤立している状態)に関するものだけにした。併存する精神疾患の有無は問わないので、専門家でなくても簡単に評価できる。
それ以外に9つの補足項目(必須ではないが重要な判断材料)を作った。
この定義を詳しく見ていく。
1.病的な社会回避または社会孤立の状態であり、大前提として自宅に留まり物理的に孤立している状態である、
2.自宅に留まり社会的に孤立している、社会的孤立が少なくとも6ヶ月以上続いている、
3.社会的孤立に関連した、臨床的に意義のある苦痛、または、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている、
以上の3項目が必須であり、これを満たすものが、病的引きこもりとする。
以前の評価と比べて、「孤立」の評価を重視している点が変わっている。
重症度評価は、外出頻度が週2~3回であれば軽度、週1回以下は中等度、週1回以下でかつ自室からほとんど出ない場合には重度と判断する。
ひと気が無い深夜に、自室の延長のような近所のコンビニで買い物をする短時間外出は、定義上外出には含めない。このため、それ以外にどこにも外出していなければ、中等度か重度の評価になる。補足項目は、引きこもりの状態を詳しく把握する為に欠かせないポイントになる。必須項目を完全に満たさなくても、補足項目の中の「社会的参加」や「直接的交流」が欠けている場合には、病的引きこもりに準じた対応を行うことを求める。
A:社会的参加(学校や仕事などの社会参加の有無や程度)
B:直接的な交流(自宅外での意味ある直接的な対人交流がどのくらいあるか)
C:間接的な交流(SNSやオンラインゲーム等を通じた交流の有無)
D:孤独感(引きこもりの初期段階では孤独感を持たないこともある)
E.:併存症(回避性パーソナリティー障害・社交不安症・うつ病・自閉症スペクトラム症・統合失調症などの併存は希ではない)
F:発症年齢(10代や成年早期の発症が多いが、30代以降の発症もある)
G:家族パターンや家族力動(家庭の経済状況や養育スタイルなどの影響の有無)
H:文化的影響(国や地域に特有の文化的影響の有無)
I:介入/治療(個別性に配慮したサイコセラピー、ソーシャルワーク、家族支援などのアプローチ)
これら 定義や項目は、正しい診断を行うためのツールであるが、加藤医師たちは早期支援に繋げるため、最近6ヶ月間のひきこもリの程度を本人が簡単に評価できる自己記入式質問尺度(HQ-25)も作っている。25項目の質問に、それぞれ「当てはまらない」「あまり当てはまらない」「どちらでもない」「少し当てはまる」「当てはまる」の5択の中から1つを選んで回答する方式である。これらを点数化して、合計が44点以上になると、病的引きこもりの可能性があると判断する。
「登校拒否」と呼ばれる現象は1970年代頃からあったが、「ひきこもり」という言葉は1998年に斉藤環著「社会的引きこもりー終わらない思春期」から現代的な意味で使われはじめた。
「ひきこもり」は当初日本独特の現象と考えられたが、日本以外にも存在している事が分かった。韓国の精神科医との交流で「隠遁」と呼ばれる引きこもりに似た状態があった。このため、よく調べてみると、イタリア、スペイン、オマーン、インド、中国、香港、ブラジルでも、同じような症例報告が見つかっている。ひきこもりは今や世界各地で起きており、グローバルな問題になっている。
-佐藤光展「心の病気はどう治す?」より抜粋引用-