38.なぜ過去10数年間に、うつ病の人がふえたのか?その2。
製薬会社の行う病気の啓発運動については、最近テレビCMなどで、ずいぶんと見かけるようになったと思う。ここで一つポイントになるのは、disease mongering(病気作り)の問題である。これは、製薬会社が病気の啓発活動を過剰に行い、必要以上に薬の売り上げを伸ばしているという批判である。最近欧米で批判されている代表的な疾患としては、小児の躁うつ病、男性型脱毛症、性機能障害、ADHD(注意欠陥多動性障害)、軽い高コレステロール血症がある。その人の個性なのか病気なのか、治療すべきか、様子を見るべきか、判断が難しい疾患が多い。特に正常と病気の鑑別が難しい精神疾患は、批判の対象となりやすい。小児躁うつ病やADHDといった病気の場合、中核群はもちろん薬物治療を行ったほうがよい。しかし中には薬物治療の不要な症例まで投薬を行っているのではないかという批判である。2008年には、Archive of general psychiatryという権威ある学会誌に、米国では、ここ10年間で未成年の躁うつ症患者が40倍に増加しているという報告がなされている。では、なぜ子供の躁うつ病が増加すると製薬会社は批判されるのだろうか。躁うつ病には昔から、リチウムという薬が使われてきた。1950年代から使われており、薬価も大変に安いものである。しかし1990年代に入ると、米国では抗てんかん薬や非定型抗精神薬が、次々と躁うつ病治療薬として承認されていった。これらの薬はリチウムに比べて、非常に高薬価な薬である。これら薬価の高い抗てんかん薬や非定型抗精神薬が躁うつ病治療薬として承認されると、製薬企業は一斉に躁うつ病のキャンペーンに乗り出した。もちろん薬価の高い抗てんかん薬や非定型抗精神薬を販売するためなのである。その結果「躁うつ病に気づこう」という強力な啓発運動が始まった。学校や親に対して、躁うつ病のハンドブックを配布したり、テレビCMで躁うつ病のコマーシャルが流された。有名な児童精神科医のアドバイスまで載っている。「気分にむらがある、落ち着きがない、夜なかなか眠らない、こういう症状を示す子供は小児躁うつ病の可能性がある。専門医の診察が望ましい」。一方製薬会社は精神科医や小児科医向けに「小児躁うつ病を見過ごすな」という医師向けの専門教育を始めたのである。医師への教育は、製薬会社の意図を代弁してくれる有名精神科医の言葉を通じて、学会や研究会で行われた。これらの結果が10年間で40倍に増加したものであった。
–冨高振一郎著「なぜうつ病の人が増えたのか」幻冬舎ルネッサンスより引用–
2012年03月04日