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2024-07-01

186.スマホは我々の最新のドラッグである。

 目に付くところになくても、スマホが何処にあるかは把握しているだろう。そうでなければ、この一文にも集中できていないはずだ。朝起きてまずやるのは、スマホに手を伸ばすこと。1日の最期にやるのはスマホをベッド脇のテーブルに置くこと。我々は1日に2600回以上もスマホを触り、平均して10分に一回はスマホを手に取っている。起きている間はずっと、いや、起きている時だけでは足りないようで、3人に1人が(18~24歳では半数が)夜中に少なくとも1回はスマホをチェックする。スマホがないとその人の世界は崩壊する。我々の4割は、一日中スマホがないよりは声が出なくなる方がましだと思っている(本当にそうなのだ)。どこにいても--町中やカフェ、レストラン、バスの中、夕食のテーブル、病院の待合室、おまけにジムにいても--見回すと誰もが自分のスマホをじっと見つめている。それがいいか悪いかは別にして、依存してしまっているのだ。スマホのスクリーンは、いかにしてこの世界を堕落させたのか。それを理解するために、脳の中をのぞいてみよう。
 脳の中の神経伝達物質-ドーパミンは、スマホがどうしてこれほど魅惑的に成ったのかを説明できる一要因である。ドーパミンはよく報酬物質だと言われているが、実はそれだけではない。ドーパミンの最も重要な役目は我々を元気にすることではなく、何に集中するかを選択させることである。つまり人の原動力ともいえる。お腹が空いているときにテーブルに食べ物が出てきたら、それを見ているだけでドーパミンの量が増える。つまり、増えるのは食べている最中ではない。その食べ物を食べるという選択をさせるために、ドーパミンが、あなたにささやく。「さあ、これに集中しろ」ドーパミンが、満足感を与えるというより行動を促すなら、満足感はどこから来るのだろうか。それは「体内モルヒネ」であるエンドルフィンが大きな役割を果たしているようだ。ドーパミンは目の前にある美味しいものを食べるように仕向けてくるが、それを美味しいと感じさせるのはエンドルフィンである。
 ストレスのシステムと同様に、脳内の報酬システムは何百万年もかけて発達してきた。どちらのシステムにとっても、現代社会は未知の世界だ。報酬システムでは、ドーパミンが重要な役割を果たし、生き延びて遺伝子を残せるように人を突き動かしてきた。つまり食糧、他人との付き合い--人のように群れで暮らす動物にとっては大切なこと--そしてセックスによりドーパミン量が増えるのは、不思議なことではない。だが、スマホもドーパミン量を増やす。それが、チャットの通知が届くとスマホを見たい衝動にかられる理由だ。スマホは報酬システムの基礎的なメカニズムの数々をダイレクトにハッキングしている。
さて、進化の観点から見れば、周囲の状況を理解するほど、生き延びられる可能性が高まる。例えば天候の変化がライオンの行動にどう影響するか、カモシカが一番散漫になる状況は?など。その結果、自然は人に新しい情報を探そうとする本能を与えた。この本能の裏で働いている脳内物質は-ドーパミンである。新しいことを学ぶと、脳はドーパミンを放出する。ドーパミンのおかげで人はもっと詳しく学びたいと思うのだ。脳は新しい情報だけを欲しいわけではない。新しい環境や出来事といったニュースも欲しがる。脳には新しいことだけに反応してドーパミンを産生する細胞があり、良く知るもの、例えば「自分の家の前の道」というものには反応しない。ところが、知らない人の顔のような新しいものを見ると、その細胞が一気に作動する。感情的になるようなものを見た場合も同じである。新しい情報、例えば新しい環境を渇望するドーパミン産生細胞が存在する、ということは、新しい情報を得ると脳は報酬をもらえるわけだ。人には新しいもの、未知のものを探しに行きたいという衝動がしっかり組み込まれた状態で生まれてくる。「新しい場所に行ってみたい」「新しい人に会ってみたい」「新しいことを体験してみたい」という欲求である。我々の祖先が生きたのは、食糧が非常に不足していた世界である。この欲求が、新たな可能性を求めて移動するよう、人を突き動かしてきたのだ。
さて、脳は基本的に昔と同じままで、新しいものへの欲求が残っている。それが単に新しい場所を見たいという以上の意味を持つようになった。それはパソコンやスマホが運んでくる、新しい知識や情報への欲求だ。パソコンやスマホのページをめくるごとに、脳がドーパミンを放出し、その結果、我々はクリックが大好きになる。しかも実は、今読んでいるページよりも次のページに夢中になっている。新しい情報を見ると-ーそれがニュースサイトだろうと、メールやSNSだろうと同じことだが--脳の報酬システムが、我々の祖先が新しい場所や環境を見つけた時と同じように作動する。見返りを欲する情報探索行動と、情報を欲する情報探索行動は脳内で密接した関係で、実際はその二つを見分けられない場合があるほどだ。情報システムを激しく作動させるのは、お金、食べ物、セックス、承認、新しい経験のいずれでもなく、それに対する「期待」である。何かが起こるかも--という期待以上に、報酬中枢を駆り立てるモノはない。
 ここで面白い実験がある。お金がもらえるカードを被験者に引かせてみる。毎回お金がもらえると分かっていると、確実にもらえるかどうか分からないときほどドーパミンは増えない。ドーパミンが最も増えるのは2回に1回の頻度だった。つまり脳にしてみれば、もらえるまでの過程が目当てであり、その過程というのは、不確かな未来への期待でできている。「かもしれない」が大好きな脳なのだ。なぜ脳は不確かな結果の方に多くのドーパミン報酬を与えるのか。最も可能性がある説明は「ドーパミンの最重要課題は、人に行動する機会を与えること」であろう。人に組み込まれた不確かな結果への偏愛。現代ではそれが問題を引き起こしている。例えばスロットマシーンやカジノテーブルから離れられなくなる。ギャンブルは長い目で見れば、必ず損をすると分かっていても、やってしまう。確かに純粋な娯楽としての魅力はある。だが、適度な距離を取れずに、ギャンブル依存症になる人も確実にいる。このメカニズムを旨く利用しているのは、ゲーム会社やカジノだけではない。不確かな結果への偏愛を巧みに利用している企業がある。それはソーシャルメディア、SNSである。フェイスブック(現在はX)、インスタグラム、スナップチャットがスマホを手に取らせ、何か大事な更新がないか、「いいね」が付いていないか確かめたいという欲求を起こさせる。チャットやメールの着信音がなるとスマホを手に取りたくなるのも、そのせいなのだ。SNSの開発者は、人の報酬システムを詳しく研究し、脳が不確かな結果を偏愛していることや、どのくらいの頻度が効果的なのかを、ちゃんと分かっている。時間を問わずスマホを取りたくなるような、驚きの瞬間を創出する知識も持っている。これらの企業の多くは、。行動科学や脳科学の専門家を雇っている。そのアプリが極力効果的に脳の報酬システムを直撃し、最大限の依存性を実現するためだ。金儲けという意味でいえば、我々の脳のハッキングに成功したのは間違いない。
-アンデシュ・ハンセン著「スマホ脳」より抜粋引用-

2024年07月01日
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