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2024-10-03

189.スマホからの解放-運動の効果について、

    

  毎日、仕事から帰るとヘトヘトである。そのままソファーに倒れ込んでしまいたいと体が叫んでいる。でも、心を落ち着かせる一番いい方法は、ランニングシューズを履いて外に出ること。ランニングから戻るとストレスは大分消えている。さっきよりも気分が良くなって、心が落ち着き、集中力も戻っている。私はこれまでに同様の話を、何百もの違ったバージョンで聞いてきた。診察室で、街中で、手紙やメールで、健康にとって運動がどれほどプラスに働くかということを聞いてきた。しかし、体を動かすと心が健康になるというのは、ただの始まりに過ぎない。基本的に全ての知的能力が、運動により機能を向上させるのだ。集中できるようになるし、記憶力が高まり、ストレスにも強くなる。多くの人がストレスを受け、集中できず、デジタルな情報の洪水におぼれそうになっている今、運動はスマートな対抗策である。いや、最善の方法といっていいかもしれない。
毎日2.5京バイトのデータが新しく生まれている。1京というのは1000兆の10倍である。そんなに大きな数字を理解しろといわれても無理だろうが、こう言い換えればいいだろうか。毎分1億8700万通のメールと3800万通のチャットが送信されている。それと同じ1分間に400時間分の動画がユーチューブにアップされる。さらに、370万件のグーグル検索と50万件のツイートが行われ、出会い系アプリのティンダーでは100万枚の写真が右へ左へとスワイプされている。そのスピードは日に日に速くなるばかりだが、洪水のようなデジタル情報を処理する脳は1万年前から変わっていない。
次々に流れてくる情報を処理するためには、衝動を我慢できなくてはいけない。1分ごとにスマホを手に取りたくなる衝動もそうだし、今読んでいる記事から離れてしまうのにリンクをクリックしたくなる衝動もそうである。ストループテストと呼ばれる心理学のテストがある。衝動を抑える能力を測るテストで、色の名前が別の色で書かれている。例えば「黄色」という単語が赤い文字で書いてあるのだが、できるだけ早く文字の色を答えなければいけない。色の名前ではない。簡単に思えるかもしれないが、制限時間があるとなかなか骨の折れる課題である。(ネット上にあるからやってみて欲しい)。単純なテストなのに、その結果が各種の衝動を押さえる能力を語っている。
ストループテストを受ける前に20分間運動した大人は、結果が良かった。それもかなり良い結果で、楽に衝動を抑えられている。何度か散歩したりランニングしただけでも効果があったが、一番良いのは数ヶ月間定期的に身体を動かした場合であった。子供でも、運動すると衝動を抑えやすくなり、スウェーデンの学校でもそれを取り入れ始めた。やり方はイロイロあるが、各科目の授業時間が減らないように、授業開始前の15~20分間、皆が体を動かすことが多い。この研究成果を実用に繋げたい教師や校長、保護者によって熱心に取り組みが行われている。この取り組みの結果はまだ研究報告という形で発表はされていないが、努力が実を結んだ様子が記事になっている。スウェーデン公共放送のニュースサイトには「心拍数と共に成績がアップ」「授業前に運動、ボーデン市の生徒が成績上昇」等と出ている。体を動かしたことで子どもたちはよく学び、態度も落ち着く。以前よりも集中できるようになり、衝動的な行動が減ったという。ただ、子供や若者の睡眠欲求と体内時計を考えれば、授業前に15~20分運動するというのは容易ではない。だから、15分より短くても効果はあるのか気になる所だが、実は効果があるのだ。
100名の小学5年生に4週間毎日運動をさせて、実験を始める前と終了してから一連の心理テストを行った。すると、集中力が増しただけでなく、一つのことに注意を向けるのも上手くなっていた。しかも、情報処理まで速くなった。驚いたのは、ほんの少しの運動で良いという点である。運動は教室内で行われ、時間は毎日6分間だった。授業中に短い休憩を取り、体操の動画を流した。子供たちはその動きを真似て、筋肉の協調を鍛えた。動きは少しずつ難しくなって行くが、プロサッカーチームや跳び箱チャンピオンとは比較にならない程度である。1日6分間だと非常に短いので、通常の授業に支障を来すこともない。
この実験では毎日6分間のプログラムを4週間続けたが、たったの一回でも効果はある。子供と若者に、あるコンピュータゲームをさせた。難しい謎を解くために集中力を要する場面が幾つも出てくるゲームである。ゲームの前に5分間走ってもらった所、いいプレーができたのである。今の子供に足りないのは集中力と気をそらされない能力だが、わずか5分間体を動かすだけでそれが改善されたのだ。面白いことに、集中力の改善は特にADHD(注意欠陥多動障害)-集中することが困難な病状-の子供に顕著であったことだ。
ティーンや大人の集中力も改善するのだろうか。実はそれも可能である。300名のティーンエイジャーに1週間歩数計をつけた実験によると、よく動いた子ほど集中力が高まった。心拍数が上がる運動だとなお良いデータが出ている。ティーンと大人を対象にした30件ほどの調査でも、結果は同じであった。現代の貴重品である集中力に、運動が良い効果をもたらすことが分かった。また、運動により、計画を立てたり注目する対象を変えたりする脳の実行機能(executive function)も改善する。なお、ティーンエイジャーの集中力は何度か散歩やランニングを行っただけでも効果が現れたが、実行機能への効果は数週間から数か月の定期的な運動が必要であった。
 では、なぜ運動すると集中力が増すのだろうか。
答えは恐らく、私たちの祖先が身体をよく動かしていたからだ。狩りをしたり自分が追われたりしたときには、最大限の集中力が必要である。本当に必要なときに一番集中力が発揮できるように、脳は数百万年もかけて進化したのだ。追うか追われるかという世界だったからである。狩猟はたまに行われたと思われがちだが、現代の狩猟採集民の調査によれば、1日に2~3時間は猟やその他の労働をしていたことが窺われている。その間祖先たちは身体を動かしていたし、最大限の警戒もしていた。そういう人こそが追っていた獲物を捕らえられたし、自分を追いかけてくる猛獣のランチにならずに澄んだ。
運動を取り入れることで元気に活動し、脳の働きもよくしようとする人々に何百人も会ってきたが、そこで気づいたことがある。皆が最も高く評価しているのは、集中力アップではない。ストレスや不安に対する効果である。既に書いたとおり、スウェ-デンでは大人の9人に1人が抗うつ薬を服用している。この薬はうつだけではなく、強い不安に対しても使われるが、個人的には9名に1人というのは多すぎると考えている。確かに薬は良く効くが、少しお手軽に処方されすぎな部分があるように感じる。一方で、強い不安を抱えていて抗うつ薬を服用した方が良いのに、服用していない人もいる。そういう人には、身体を動かすことが素晴らしい特効薬になる。不安に陥りやすい大学生を2グループに分け、片方にはきついトレーニング(最大心拍数x60~90%の運動強度のランニングを20分)を、もう一方には緩いトレーニング(散歩20分)をさせた。トレーニングは週に3回、2週間で合計6回行われた。どちらも、普通の人にできるようなレベルのトレーニングである。6回のトレーニング後、散歩組もランニンング組も不安の度合いは下がったが、特に効果が顕著だったのはランニング組の方であった。不安の軽減が運動直後だけではなく、その後24時間続いた。その効果は更に長く続き、トレーニングプログラム終了の1週間後も、不安のレベルは依然低いままであった。WHO(世界保険機構)によれば、世界中では、現在10人に1人が不安障害を抱えている。興味深いのは、よく運動している人たちにはそれほど不安障害が見られないことだ。さらに、合計700人の患者を対象とした15件の研究をまとめると、運動やトレーニングをすることで、不安から身を守ることができるという結果が出ているのだ。
 -アンデシュ・ハンセン著「スマホ脳」より引用-

2024年10月03日
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