198.マッチング・アプリ症候群について、
30代の女性Kサンから、マッチング・アプリで知り合った7人の男性と同時に付き合っていると聞かされた。いわゆる七股ではなく、結婚候補がNo.7までいるという状態であると(結局同じであるが)。 さすがに驚いた。
「食事は日替わりで全員と。家に泊まりに来るのは2人で、あとは外でドライブや映画。デート費用は相手が持ってくれる。少しずつ結婚相手を絞る予定だが、次々に新規の候補が現れるので、いつになっても数が減らない」つまり7人はレギュラーではなく、日々、最下位が新規と入れ替わり、トップが下位と入れ替わる下克上になったりするらしい。なんという忙しさ。一体、全員の名前を覚えているのだろうか?間違ったりしないのか?
この女性はアパレル関係の仕事をしており、田中みな実に似た感じのセンスの良い美人である。「いいね」の数は常時200を越える。「みんな別の候補がいることも知っているけど、アプリは最終決定までは同時進行が当たり前だから責めてこない。もちろん具体的な詳細は話さないけれど・・。これからも絞りきるまで複数進行で行く予定」という。
このアグレッシヴな婚活を素晴らしいと取るか、そんなに疲れる婚活は到底できないと感じるか、どちらにせよアプリだからこそ許される付き合い方で、程度の差はあれ、Kサンのような複数進行も珍しくない。もちろん男女が逆のケースもありうる。もしこれがリアルな出会いだったら修羅場確定なのだが。
今や婚活者の5人に1人がマッチング・アプリで出会い、結婚してゆく。しかも離婚率は日米でそれぞれ行われた2万人近い調査で、リアルな出会いよりも2%低かった。
最初は信じがたい気持ちだった。スワイプでOKかNGか決めるゲーム感覚の出会いで、皆さんどんな気持ちで結婚していくのか。オートマチックなシステムで現れる異性の写真とプロフィールを見て決めるのは、職場や学校、合コンでのリアルな出会いよりもずっとリスキーで情報不足ではないのか?
だからこそKサンのように、複数掛け持ちで「試用テスト」の期間を設けているとはいえ・・・・。
もし幸運にも結婚に至ったとして、この人と出会えてよかったと思う瞬間は、どんな時なのだろう。偶発性が大きく左右するリアルな出会いとは違い、データの積み重ねでAIのように振り分けていくのなら、そこにどのような恋愛要素が介在するのか?
例えば、結婚10年後、「あのとき2人がアプリに登録してなかったら、今頃、出会ってもいなかったね」「今日はマッチング記念日だからお祝いしよう」というような会話が交わされるのか。もちろんどんな出会いも偶然という必然で、アプリはその確率を高めてくれるありがたいシステムだということは分かる。しかし、そのシステムがどうしても恋愛に繋がらないのだ。
恋愛に匹敵するのが検索だというなら納得できる。
ZOZOで服を買うように、メルカリでバッグを買うように検索で条件を絞って相手にたどり着き、「こういう人とならうまくやれる」という、仕事の相方を探すような気持ちで結婚するなら想像が付く。だが、何かしらエモーショナルな部分が伴わないと、人は個人的なパートナーを選択できないモノではないか。だとするとそのエモはどの辺で生まれてくるのか。プロフィール写真を見て「いい感じかも」と思ったとしても、それはあくまで予感にすぎない。投資詐欺、写真詐欺かもしれないし、性格が最悪かもしれない相手を、ネットだけでは好きになれない。きっかけはアプリでもそれはあくまで手続きだ。
人は日常の中で「ゼロからの出会い」はあまり経験しない。同じ地元、学校、職場、仕事、遊び仲間・・・・普通は何かしらの接点が出会いのきっかけになる。
映画「花束みたいな恋いをした」とか「ボクたちはみんな大人になれなかった」は、共有できる記憶としてサブカルや音楽を使ったが、みんなが同じ世代ではないし同じ文化的な界隈に住んでいるわけでもなく、そんなにうまくはいかない。
まったく赤の他人だった相手とマッチングをして、エモが生まれて実際の交際がスタートするまで、事前情報がない分、かなりの労力、時間が必要になる。世代的な流行など共通の思い出がない場合には何がエモを呼び起こすタグになるのか。
アプリには絶対的な利点が一つある。それは相手が婚活、恋活をしている独身者である(詐欺でなければ)、とりあえず恋愛関係に前向きだという前提があることだ。いちいち腹の中を探り合ったり、騙される心配に怯えなくていいというのは、婚活・恋活にとってかなりストレスは減る。
みんなもう相手が既婚か独身か彼女(彼氏)持ちかを探り、自分に可能性があるかリサーチしたあげく、玉砕するのにうんざりしているのだ。ついでに相性とか趣味が合うか、法的な結婚がしたいのか、恋人的な同棲がいいのか子供が欲しいか否かも代行調査してくれるなら、こんなにラッキーなことはない。このメリットがアプリに多くの人を集めている理由の1つである。
しかし、こんなに至れり尽くせりなアプリなのに、いやまさにだからこそ、このアプリ沼は一旦ハマルとなかなか抜け出せない。消費者庁の「マッチング・アプリの動向整理」によると、アプリを2年以上利用している人は20代:12.4%、30代:17.5%、40代:24%とかなり多い。年齢が上がるにつれて利用期間も長くなるので、全世代では約4人に1人が2年以上アプリに入会している計算になる。
実際にアプリに入会している人たちには思い当たると思うが、毎日トップ画面にお馴染みの顔アイコン写真が並び、「今日も代わり映えしないな」と感じることが多い。
ご新規さんはいつの間にか消えていくのに、この常連さんたちはずっと残っている。それも決して条件が悪かったり不細工だったりドン引きするような趣味があるわけではなく、結婚に遠い人とは決して思えないのに、である。
マッチングした相手をドンドン乗り換え続けることで生きる糧を得ている人々、離婚や失恋でトラウマを抱え、婚活と名乗りつつセフレ的な付き合いしかできなくなった人々、等身大な自分を見失って500の「いいね」をコレクションし、自己肯定感のみを求める人々。
アプリで次々に訪れる流動的な人間関係の刺激は、中毒性が強い。
こうしたマッチング・アプリの婚活沼に依存するディープな住人たちを「マッッチング・アプリ症候群」と名付けた。この症候群の最大の特徴は、マッチングし続けないと精神的な安定が保てなくなる依存症である。マッチング・アプリのプロフィールを見ただけでは絶対に分からない彼らの生態は、一体どんなふうに作られているのか。
-速水由紀子著「マッチング・アプリ症候群」-より、引用した