214.リチウムは双極性障害の他にどのような効があるか?
リチウムは双極性障害の治療によく使われている。そううつの症状の改善に有効であることは、多数の研究データによるエビデンスから証明されている。では、それ以外の症状には有効であるかどうかにつき述べてみる。まず、難治性うつ病に対する増強療法としてリチウムが効果があることは広く知られている。他方、寿命延命効果やがん予防の効果も報告されているが、エビデンスとしては脆弱である。ある程度、しっかりとしたエビデンスを有するものは、自殺関連行動(自殺念慮、自殺企図、自殺完遂など)や認知症の予防効果であろう。
以前はリチウムを自殺の危険のある患者に投与すると大量服薬などの危険がある、また、高齢者に投与すると記憶障害を起こすという否定的な意見が多かった。しかし、実際には、服薬管理をしっかり行うことで、大量服薬は予防できることが多い。最近の研究(Schaffer.A,et al,:Bipolar dosord.,27;527-537,2025) では、双極性障害患者の自殺時の処方として、抗うつ薬とベンゾジアゼピン系薬剤が最も多く、それぞれ自殺患者の 48.9%、46.7%に処方されており、リチウムは5.8%しか処方されておらず、リチウムの自殺予防効果が生かされていないと考えられる。また、脱水を起こしやすい高齢者においてもリチウムの濃度管理をしっかりすることで、リチウム中毒としての軽度な意識障害に由来する記憶障害も防げるとともに、むしろリチウムの認知症予防効果が期待できる。
もちろん、自殺関連行動や認知症の予防は、保険適応を得ていないという問題はあるが、リチウムによりこれらが予防できるのであれば、患者やその家族にとって大きな救いになるであろう。ここでは、エビデンスに基づき、リチウムの自殺関連行動や認知症に対する予防効果について述べてみる。
双極症の患者は自殺のリスクが高いが、その治療にリチウムが役に立つことは、以前から知られている。別の研究(Ponpili,M.et al:Acta Psychiatr.Scand.,152;290-298,2025)で、296名の気分症患者(双極症171名、うつ病125名)を対象に服薬中の向精神薬(47%はチウム以外の気分安定薬、78%が抗精神薬、57%はベンゾジアゼピン系薬剤、37%が抗うつ薬を服用中)にリチウムを追加して、追加前12ヶ月と、追加後12ヶ月のそれぞれの期間につき気分エピソードの再発、自殺念慮の出現、自殺企図の出現、を同じ患者について比較したデータがある。気分エピソードの再発では、追加前は31.0%であったが、追加後は9.9%に減っている。また、自殺念慮の出現は追加前が36.3%に認められたが、追加後は7.6%。また、自殺企図の出現は、追加前が21.6%であるが、追加後には2.9%といずれも有意に減少している。うつ病については、気分エピソードの再発は、リチウム追加前は35.2%であったが、追加後は11.2%と減少している。自殺念慮の出現は追加前は64.8%であるが、追加後は13.6%、自殺企図の出現は追加前は38.4%であるが、追加後は6.4%と有意に減少している。以上から、リチウムがうつ病や双極症に関わらず、気分エピソードの予防、自殺念慮や自殺企図の予防に効果的であることがわかる。
もう少し結果を深読みすると、たとえば、自殺念慮がリチウム追加前で双極症患者で36.3%、うつ病患者で64.8%もあり、それらがリチウムの投与によりそれぞれ7.6%、13.6%に顕著に低下した。また、気分エピソードがリチウム投与前は双極症では31.0%、うつ病でも35.2%あり、それがリチウム投与により、それぞれ9.9%、11.2%に減少した。両者を比較すると、自殺念慮は必ずしも気分エピソードに由来するものではないことがわかる。さらに気分エピソードに由来しない自殺念慮もリチウムが奏功するということもわかる。つまり、リチウムの自殺予防効果には、リチウムの気分安定化作用により気分エピソードが予防できることで得られる自殺予防効果と、リチウムが衝動性や攻撃性などの自殺の背景にある精神症状を抑制することで得られる自殺予防効果の2種類がある。
前者の気分安定化作用は双極症に対するリチウムの治療濃度である0.4~1.0 mEq/Lでもたらされる効果であり、後者の衝動性や攻撃性はこの治療濃度はもちろん、もっと少ない微量のリチウムでももたらされる可能性がある。1990年代に行なわれた研究では、水道水に含まれるリチウムを対象としたものがあり、水道水のリチウム濃度が高い地域は精神病院への入院率が低かったという報告がある。
また、寺尾らの行った大分県の18市町村を対象とした研究で、自殺の標準化死亡比(standardized motality ratio;SMR)との相関を人口で重み付けをしながら解析したデータから、水道水リチウム濃度(0.7~59㎍/L)と自殺の標準化死亡率比は有意な負の相関を示したが、これは男性においてのみ認められ、女性では有意ではなかった。さらにこの研究を全国規模に広げて調査した結果は、男女込みと男性のみでは水道水リチウムと自殺のSMRの間に有意な相関を認めたが、女性のみでは有意な相関はなかった。以上の研究からは、微量なリチウムが自殺予防効果をもたらす可能性を示唆する。大体血中リチウム濃度で、0.0008mEq/L以上になると、自殺予防効果は生じる可能性が高いようだ。
さて、次にリチウムの認知症予防効果について述べてみる。
NunesらはMini Mental State Examination(MMSE)得点が9~21点のアルツハイマー型認知症患者113名を無作為に58名をリチウム投与群(300㎍/day:通常の1/1000投与量)と55名のプラセボ投与群に分けて15ヶ月経過を追った。その結果は、リチウム投与群はMMSE得点は悪化しなかったが、プラセボ投与群では悪化して、両群の差は有意であった。(Nunes.M.A.,Viel,T.A.,and Buck,H.S:Microdoze in patient lithium treatment stabilized cognitive impairment in patient with Alzheimer’s disease.Curr.Alzheimer.Res.,10;104-107.2013)
これは、たとえ300㎍/dayとごく微量であってもリチウムが認知症の悪化をを予防することを示唆する。疫学研究ではKessingら(JAMA Psychiatry,74;1005-1010,2017)が、デンマークにおいて水道水に含まれるリチウム濃度と一般人口における認知症発症率の関係を検討した。その結果、水道水リチウム濃度が高い地域では認知症の発症率が低かった。寺尾らも、日本全国808市区の水道水リチウム濃度とアルツハマー型認知症の有病率の相関を調べた。認知症と相関する要因で補正しつつ重回帰分析を行うと、水道水リチウム濃度が高くなると認知症有病率が有意に低くなったが、これは女性にのみに認められ、男性には認められなかった。この性差は、最近行われた米国での研究でも、水道水リチウム濃度が高くなると女性では認知症の有病率や発症率が有意に低下するが、男性では有意ではなかったことと一致している。
興味深いことに、微量なリチウムの認知症予防効果は女性に現れ、自殺予防効果は男性に現れることである。
-寺尾岳「Lithiumは双極症の他にどのような精神疾患に有用か」
精神科治療学,10.2026,カレント・トピックスより抜粋引用-

