toggle
2014-11-02

70.「日本人は薬漬け」は本当か?

「日本人は薬漬け、日本の薬の使用量は、ケタ違いに多いのは、儲け主義の医療ビジネスの陰謀である」という主張がある。でも、本当に「日本人は薬漬け」なのだろうか?
 たとえば、ただの風邪なのに3種類も4種類も薬を処方されたという経験がある方もいらっしゃるかもしれない。風邪の症状を訴える患者さんを診察するときに、医師が気をつけることは、風邪に似た症状がでる他の重篤な病気を見落とさないことである。そうではなくて、普通の風邪であれば、薬なんか飲まなくても自然に治る。いわゆる風邪薬は症状を一時的に緩和するだけであり、風邪を予防したり、早く治したりする効果はない。症状を緩和するだけの風邪薬なら、いちいち病院を受診せずとも、薬局で買える。
 細菌を殺す作用のある抗生物質は処方箋なしには買えないが、風邪の原因は抗生物質の効かないウィルス感染であることが多く、抗生物質は必要ない。そういう理由で、ほとんどの場合、私は風邪に対して抗生物質を処方しない。症状がつらい患者さんには薬を処方するが、必要最小限にとどめている。しかしながら、普通の風邪に対して、何種類もの薬を処方する医師も中にはいる。理由は様々だろうが、一つにはかつて日本の医療制度では薬価差益が大きかった。薬の値段(薬価)は厚生労働省が決めており、販売価格を勝手に変えることはできない。しかし、大量仕入れの大病院などでは卸や製薬会社と交渉して薬を安く購入することはできるし、その差額分が医療機関の利益になっていた。これを薬価差益という。その頃は診療行為に対する医療報酬(医師の技術料)が少なく、その部分を補填する意味もあったようである。診療行為だけでは赤字になり、一方で薬を処方すればするほど儲かるのであれば、医師にはたくさん処方するインセンティブが働く。これは悪いということで、薬価差益が小さくなるよう制度が変えられ、かつ、医薬分業が進んだ現在は、薬価差益はほとんど無い。それでも薬をほしがる患者さんもいて、受診したからには薬を処方してもらわないと満足しないようなことも要因の一つであろう。
 さて、それでは国際的に見て、日本では薬の使用量が多いのだろうか?OECD(経済協力開発機構)がまとめている薬消費量の国際比較を見ればよい。2009年のデータを見ると、1人あたりの薬剤費支出のトップは、USAで、947$、以下カナダ692$、ギリシャ677$、アイルランド662$、ベルギー636$、ドイツ627$、フランス626$、イタリア572$、日本556$、スロバキア554$、スペイン529$、スイス521$と続く。日本は世界の中で第9位である。少なくとも「日本の薬の使用量はケタ違い」ということはなさそうだと分かる。また、日本の場合、医療費の全額ではなく、1~3割の自己負担を支払うが、残りの7~9割は健保組合や政府が支払う。ここで厳しいチェックが行われているため、無駄な処方や治療はできないことになっている。さて、「薬漬け」のデマは誰が流しているかといえば、「標準医療否定」と結びついているようだ。標準医療を否定すると、代替医療、健康食品や器具、などの業者に頼ることになり、結局医療費よりも高くつくこともある。結局のところ標準医療否定こそがビジネスなのである。
-内科医NATROM著「ニセ医学」に騙されないために(メタモル出版)より引用-

2014年11月02日
タグ:
関連記事