75.トラウマの臨床について、

    トラウマとは何か?ひとことで言えば、心の傷「心理的な傷」である。不可避で、避けたいのに甦ってくる、甦ってくるから避けられない、そして語られにくい、目に見えない、あるのにない、ないのにあるという厄介な傷である。
この分野の研究は、ACE研究として活発に行われている。ACEとは、Adverse Childfood Experienceという小児期の逆境体験ということで、身体的、心理的、性的虐待、ネグレクト、その他に、家族の中に精神疾患を患っている人がいたとか、受刑者、刑務所に行っている人がいたとか、離婚やいろいろな形で親と離れた人がいたとか、家族に依存症者がいたとか、そういう経験のある人たち約17000人を対象に長期間にわたり大規模な研究が行われている。結果は薬物依存の50%、うつ病の54%、アルコール依存の65%、自殺企図の67%、静脈注射による薬物依存の78%が、小児逆境体験で説明がつくというデータもある。トラウマは脳に、機能的、および器質的な影響をもたらす。また、トラウマを見逃すといろいろな形で誤診につながる。トラウマが脳にもたらす変化とは、脳の画像研究などで、次々に明らかになっている。最もよく知られているのは、海馬の縮小、あるいは扁桃体が異常に、いつも過敏に反応してしまうことである。これが記憶、感情、警戒反応などを強くしてしまう傾向を作る。さらにはHPA系、視床下部の下垂体、コーチゾール系のホルモン異常をもたらすことも分かっている。コルチゾールはストレスに対抗するホルモンである。また、交感神経、副交感神経のバランスが崩れる。PTSDの症状を要約すると、交感神経がいつも興奮状態にあるので、常に警戒しており、緊張している状態である。これが続くと次第に疲労が加わり、後に副交感神経が疲弊した状態になる。具体的な例では、子どもの頃に性的虐待を受けていた女性などは視覚野の部分が縮小している、あるいは暴言虐待、心理的虐待を受け続けた子どもの聴覚野が縮小しているなど、画像的にも確認されつつある。このような人は、ストレスに弱い傾向があり、ストレスが加わった時に、いろいろな症状が出やすい。PTSDについて、立派な診断基準はあるが、ポイントは外傷的事件の存在である。ただし、患者本人にとっては、外傷的事件は一番思い出したくないことであり、触れられたくないことである。このため臨床場面ではかなりの配慮が必要とされる。2番目は、回避の問題がある。思い出すきっかけになるものを避ける、考えないようにする傾向がある。3番目は過覚醒症状、安全な場所でも緊張や警戒が強くて恐怖反応が続いている状態である。PTSDというと、社会的に再体験症状、フラッシュバックが有名であるが、現実には回避の方が大きく、回避されると臨床上は表には出てこない。過覚醒症状というのは、ずっと緊張しており、いつ誰が襲ってくるか分からない、何がやってくるか分からない非常に不安な状況であり、苦痛を逃れるためにアルコールや、各種の依存に繋がることも分かってきた。過覚醒症状が起きると、深呼吸をする、物を食べることができにくくなる。それは呼吸が浅くなったり、よく噛めなくなったり、流動的な物しか食べられない、物がのどを通らないというような症状が伴うこともある。しかし、PTSDだけがトラウマ反応ではなく、うつや不安、パニックや強迫症状にも出てくる症状であることを忘れてはならない。
   宮地尚子「外来でのトラウマ臨床」2013日精診Journalより抜粋引用

2015年04月02日

36.PTSD(外傷後ストレス障害)について、少し詳しい説明--

   PTSDは長い間「異常な」出来事に対する「正常な」反応であると考えられてきた。しかし、実際には、外傷の発生率が極めて高いのに対して、慢性のPTSDにまで至る人々はごくわずかであることもわかってきた。このためDSM-Ⅳでは、PTSDは外傷的出来事に対する異常な反応、強い苦痛と機能的損傷を特徴とする「障害」とした。PTSDは外傷体験の直後に始まる。代表的な例では、戦闘(主に男性)やレイプ(主に女性)などの対人外傷と、自然災害がある。外傷体験後に現れるPTSDの症状には、3つの特徴的なクラスターが存在する。それは、再体験、回避と麻痺、覚醒亢進である。再体験と覚醒亢進の症状は、種々の不安障害にみられる「陽性」症状、すなわちパニック症状に幾分類似しているが、外傷的出来事を中心として起こる点で他と区別される。回避および麻痺の症状は、やはり不安障害に広く見られる「陰性」症状、すなわち回避症状を思わせるが、外傷的出来事の記憶の喪失という点が他と明確に異なる。罪悪感、恥辱感、怒りなど、PTSDと関連する様々な症状が特に重要な役割を果たしている。PTSDには重大な障害が併存していることが多く、なかでも気分障害、不安障害、物質使用障害が多い。逆に外傷に伴い、種々の気分障害やPTSD以外の不安障害が生じる可能性があることも認識しておく必要がある。そのため、気分障害や不安障害を抱える患者のアセスメントには、過去の外傷の有無についてのスクリーニングを含めることが必要となる。さて、PTSDについて、様々な研究から、障害の首座として、扁桃体と、海馬の異常が報告されている。扁桃体は、感覚情報をうまく制御して、コントロールする役割があり、また海馬は恐怖条件付けの処理の中枢で、恐怖条件付けがどこでどのように行われたかという顕在記憶と、恐怖条件付けそのものに関わる潜在的処理が解離可能であり、その処理を行う部分である。この解離は、外傷体験時には適応的であっても、外傷的出来事の処理とその後の適応反応の妨げとなる可能性がある(Brewin,2001)。脳イメージングでは、海馬の体積減少を認め、これは外傷への曝露、または認知機能の障害との間に相関性が認められる。実際PETを使った研究によれば、正常時脳血流と比べて、外傷曝露時には、右側辺縁系、旁辺縁系、および視覚野の血流が増加し、左下前頭および中側頭皮質の血流が減少する(Rauch et al,1996)。これらの研究から、PTSDの症状発現状態に伴う情動は、右半球内の辺縁系と旁辺縁系を介して生じるものであり、視覚野の活性化は、視覚的な再体験に対応したものであろう考えられている。
 
      -不安とうつの脳と心のメカニズム、DanJ.Stein著より引用-

2012年01月03日

22.外傷後ストレス障害(PTSD)の神経回路について

   この度の東北・関東大震災では、多くの方々が未曾有の災害に遭われてしまい、心からお見舞いを申し上げます。多くの方が肉親や住まいなどを一瞬にして失い、幸いにして生き残った方々も、どれほどの悲痛な心境で今を過ごしておられるのかと思うと、本当に心が痛みます。阪神大震災の時にも、多くの方に、災害の後に心のケアが必要になりました。恐らく今回の震災の後にも、心のケアをしなくてはならない事態になると思います。さて、ここで今回の本題に入りますが、PTSDと言われている病態の神経回路はどうなっているのかを、少し詳しくご説明させていただきます。
 脳イメージングの所見から、部分的に正しいことを示す実証的エビデンスが得られている。構造的所見では、海馬の体積減少が注目されている(Raush et al,1998)。一部の研究では、海馬の体積減少と外傷への暴露または認知機能の障害との間に相関性が認められている。このような体積減少は萎縮によるものだと言う見解が一般的である。
 健常対象者のイメージング研究では潜在的な情緒刺激が皮質下の扁桃体で処理されていることが明らかになっている。実際にPET(電子放射断層撮影)実施時に、PTSD患者に外傷的な話と中立的な話をテープで聞かせると、正常状態の脳血流と比較して、外傷暴露時には、右側辺縁系、旁辺縁系、および視覚野の血流が増加し、左下前頭および中側頭皮質の血流が減少することが見いだされている(Raush et al,1996)。これらの研究結果から、PTSDの症状発現状態に伴う情動は、右半球内の辺縁系と旁辺縁系を介して生じるものであり、視覚野の活動化は、視覚的な再体験に対応したものであろうと結論づけている。一方で、PTSD患者が外傷に暴露された際に生じるブローカ野の活動性低下は、患者が外傷体験を言語的に処理できないことと一致している(Raush et al.1996)。
 最近の研究では、PTSD患者の前頭前野におけるベンゾジアゼピン受容体結合の低下が示唆されている(Bremner et al,2000)。この領域の研究は現在注目されており、PTSDにおける前頭帯状回に注目する実証的文献も増えており、この領域の活動が低下しているという仮説を裏付けるデータも得られている(Hamner et al,1999)。最近の研究によれば、PTSDの小児や青年の前頭帯状回では、神経の完全性のマーカーであるN-アセチルアスパラギン酸/クレアチニン比が、健常対象者に比べて優位に低いことが示された(Hallingan et al,2000)。

 Dan J.Stein著、田島治訳「不安とうつの脳の心のメカニズム」星和書店-より引用
2011年03月19日

17.PTSD(心的外傷後ストレス障害)について、

  最近の研究によると、PTSDと診断された約半数がPTSDの診断基準に該当しないという実体が明らかにされております。医師による安易なPTSDという診断が行われていることにより、本来の精神疾患の見逃しや司法の判断にも影響を与えることを肝に銘じて、慎重に診断すべきであるという警告です。ではPTSDとはどのような疾患でしょうか。ICD-10(WHO国際分類)やDSM-4(米国精神医学会分類)によれば、非常に強い衝撃的な出来事(実際に危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を1度または数度経験していること、自分または他人の身体の保全に迫る危険をその人が体験し、目撃し、または直面した)、その人の反応は強い恐怖、無力感または戦慄に関するものであること、この強い外傷的出来事から数週~数ヶ月にわたる潜伏期間(6ヶ月を越えることは希)を経たあとに発症する。また6ヶ月以内にその症状が起きたという証拠があること、また外傷の証拠に加えて、回想、白昼夢、あるいは夢による出来事の反復的、侵入的な回想あるいは再現がなければならないなど、かなり厳しい診断基準です。それ以外にも診断するためにはいくつかの典型的な症状群がありますが、研究によれば、不適切な診断には1)心的外傷の強さが軽度か中等度のものが3割、2)外傷体験自体より性格傾向など個体側の影響が関与している事例が臨床例で3割、法的書類で5割、3)外傷体験から発症までの期間が1ヶ月以内のものが5割~この場合はPTSDではなくて急性ストレス障害~を占めるなどの問題点が指摘されております。いずれにせよ、この診断は危うく死ぬかあるいは重傷を負うような瀕死の外傷体験を経験した人に対して為されるものであり、単に外傷体験があるからというような病歴でこの診断はしません。

2010年12月14日

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