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2016-10-03

93.心のモジュール理論とは?・・・人の本姓について.

人は本来、善なのか悪なのか。紀元前の中国では諸子百家が興り、このような議論が重ねられた。性善説を唱えた孟子は、あらゆる人々が仁義礼智の徳の源を備えて生まれてくるが、外的な誘惑により悪事をなす者が出てくると考えた。一方、性悪説を唱えた荀子は、人は皆利己的な欲望にまみれて生まれてくるが、社会で徳を身につけてそうした欲望を制御し、善行をなすと考えた。性善説にしろ、性悪説にしろ、人の心には生まれながらの核があり、その上で社会的な経験を積むことにより、本来の核とは異なる心の表層が形成されるというモデルである。このモデルの基づいて、自分の心を反省すると、今の自分は表層なのか核なのかという疑問が、自然に生まれる。この疑問を利用したのが、自己啓発セミナーである。「本当の自分を発見しよう」というのが、自己啓セミナーの典型的な宣伝文句である。今の自分に満足できないでいると、どこかに別の本当の自分があるような気持ちになり、それを探したくなる。
 これに対して心の核はないとするのが、17世紀のイギリス経験論である。中でも、ジョン・ロックは、生まれたときにの人の心はタブラ・ラサ(空白の石版)であり、生後の経験こそが心を造るとした。その発想を心理学に持ち込んだのが、アメリカのジョン・ワトソンである。彼は「心は行動である」という解釈のもと、行動主義心理学を唱え、1920~50年代までに世界の心理学を席巻した。生後の教育によりどんな人もつくることが可能と豪語したため、教育学にも多大な影響を与えた。そして教育産業に大きな期待が寄せられた。また、ある種の教育を行うには限界年齢があるという言説から、早期教育ビジネスが勃興するようになる。
自己啓発セミナーも、早期教育ビジネスも、科学的な根拠があると主張しているのであれば、それは疑似科学である。なぜなら、人の本姓の科学的描像は、現在のところ進化生物学を心理学に展開した「心のモジュール理論」が有力視されているからだ。このモジュールとは、人間行動の上で、「まとまった機能を有する単位」を意味する。たとえば、方向感覚のモジュールは、狩りで走り回っても獲物を持ち帰る居住地の方向が分かる機能を有し、それは集団が生き延びるのに貢献したので、我々人に進化し、身についている。つまり、心は進化で形成されたと考えられている。
人類の祖先の動物が木の上でチンパンジーと同様に、自分一人で木の実を調達していたときには、利己的な欲望に応じた行動傾向が身についた。しかし、人類(ホモ属)へと進化し、草原で狩猟生活をするようになると、大型の動物を集団で仕留めねばならなかったので、協力的な行動傾向が身についた。どちらにせよ、生きるために必要な機能として、人はこれらを獲得した。心の機能にはきわめて多くの種類がある。森での生活時代に培った、喜び、恐れ、怒り、子への愛、物理的な思考など、それから、草原での生活時代に育んだ、友情、恩義、嫉妬、平等感、社会的な思考など、多くのモジュールが、我々の心に存在する。 これらのモジュールは、生まれながらに準備されていて、必要なときに発揮される。人類は生物進化の過程で、生活に必要な諸機能を身につけてきた。過酷な生存競争を勝ち抜いてきた我々は、それらの源となるモジュールを、あらかた持って生まれてくる。その上で生育環境や生後の経験が、どの機能を発揮させ、高めるかの選択に寄与しているのだ。

 -石川幹人「なぜ疑似科学が社会を動かすのか」より引用-

2016年10月03日
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