105.高齢者の不眠について
加齢に伴い、不眠の訴えは増加する。国内での一般人口を対象とした疫学調査では、成人の5人に1人が不眠を認め、この頻度は加齢により上昇する。どのタイプの不眠も加齢により増加するが、特に中途覚醒、早朝覚醒が高齢者の場合明らかに増える。また、高齢者の睡眠障害では、周期性四肢運動障害、レストレスレッグズ(ムズムズ脚)症候群、睡眠時無呼吸症候群などの身体的要因による睡眠障害の頻度が高いことが特徴である。なお、睡眠障害の定義として、入眠困難、睡眠持続困難、早朝覚醒などの夜間不眠の愁訴・症状を不眠あるいは睡眠困難と呼び、このために生活の質の低下を来す場合の診断を不眠症と呼ぶ。さらに、不眠症とは、これらの症状が、1週間に3夜以上、3ヶ月持続する場合に症候群とする。
1)情動興奮と不眠について:翌日気がかりなことがあると一過性に入眠困難、睡眠持続困難が起こる。通常は翌日になるとこれら睡眠困難も改善する。しかし、現実的な心配事や不安が解消された後も、眠れないことを恐れる気持ちが強くなると、睡眠について、気がかりや不安が増してくる。睡眠困難の苦痛に対する予期不安や条件付けの結果として、慢性化が起こる。
2)寝床で過ごす時間と不眠:脳波に基づく研究では、1晩に眠ることが出来る時間は、25歳の健康若年成人で約7時間、45歳の中年で約6.5時間、65歳以上の高齢になると6時間程度となる。最近の身体疾患と睡眠時間に関連する疫学調査では、6~7時間、又は7時間程度の睡眠をとっている人が身体疾患の罹患率やリスク、うつ病罹患リスクなどが短時間睡眠や長時間睡眠の人と比べて少ないことが明らかにされている。高齢者の場合、時間的に余裕があり、生理的睡眠時間を超えて寝床で過ごすことが多い。長く眠りたいと考えて、65歳以上の高齢者が8時間以上寝床にいる場合、年齢相応の生理的睡眠時間との差の2時間が睡眠困難な時間となる。このような状況では、浅眠感も生じやすい。睡眠剤投与を行う前に、まず行動療法的な生活指導で、床の中で過ごす時間を生理的睡眠時間に近づけることが大切になる。
3)体内時計と不眠の関係:睡眠のタイミングは体内時計によりコントロールされている。特に生活パターンをより早く就床するスケジュールに変更したときに、入眠困難が出現する。不眠を経験すると、眠気がないのに早くから就床する場合があるが、睡眠困難の症状は悪化する。このような場合には、眠気を感じてから就床する様に指導する。加齢により体内時計は全般的に朝型化していく。とくに男性は、この傾向がより強いことが報告されている。このため、高齢化に伴い男性を中心に早朝覚醒の頻度が増す。男性に合わせて、配偶者が早くから就床するようになると入眠困難が生じる。ここで、周期性四肢運動障害とレストレスレッグズ症候群について説明する。周期性四肢運動障害とは、睡眠中に繰り返す四肢の不随意運動が原因となり、浅眠化や中途覚醒が起きる。夜間睡眠が障害された結果、日中の過剰な眠気が出現する。また、レストレスレッグズ症候群とは、安静時、起床時に下肢に異常な感覚が生じ、このため下肢をじっとしているのが困難となり、睡眠が妨害される。異常感覚の症状は、足のむずむず、足がほてる、足の奥がかゆいなど多彩である。異常感覚のため、常に足を動かしていないと落ち着かないことが特徴である。
内山真「高齢者の不眠に対する薬物療法」Vol.20No.10.2017臨床精神薬理誌寄り引用
2017年10月01日