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2015-06-07

77.抗うつ薬は抗うつ病薬なのか?について、

SSRIやSNRIが抑うつ診療の現場で「我が世の春」を謳歌していた2001年~2011年頃まで、三環形抗うつ薬は「不快な副作用が多すぎる」「大量服薬で致死的になる」「高齢者には使いづらい」などの理由で(とりわけ若手の精神科医師から)忌避されていたような記憶がある。ところが、ここ5~7年前から「新規抗うつ薬は効くにしてもプラセボとの効果の差が意外に小さい」という衝撃的なメタ解析の結果が公表された後、三環形抗うつ薬を中心とする従来薬が少しずつ見直されつつある。実際に、Bruijin,J.A.らは「血中濃度を一定に保つようにコントロールするなら、精神病性うつ病のうつ症状については、imipramineは第一選択薬となる有効な薬剤である」と結論づけている。Kuhn,R.の古典的論文を解析すると、imipramineの薬効は二相性に発揮される。第一相は数日以内で発現する抑うつ症状に対する麻酔・鎮痛作用であり、対症療法的な意味を持つ。第二相は数週間かけて徐々に発現する「抑うつの自然治癒プロセスの促進作用」である。この第一相と第二相の発現の仕方には患者ごとにバリエーションがあり、第一相を欠く場合もある。これが、患者により改善が現れる時期に大きな差が生じる理由と考えられる。第一相効果が作動してから時間をおいて第二相効果が立ち上がってくる。治癒に向かって本格的な治療は、遅れて立ち上がる第二相効果にかかっている。第二相効果が不十分なままであれば、内因性うつ病の病理は一向に改善に向かわないどころか、表面上症状が緩和されている(あたかも不安定寛解に入ったかのように見える)さなかに深部で秘かに病理が進行し、それが突如として表面に噴出して、我々は治療戦略の見直しを余儀なくされることになる。抗うつ薬のいわゆる「wear off(中折れ)現象」も、第二相効果が待たずして、第一相効果が減弱してしまう場合に起こると考えられないだろうか。
 さてここで、SSRI治療を受けた患者の印象を聞いてみると「憎しみ・悲しみ・後悔を常に背負っている感じがする。全く解決されずに残っている。それをちょっとしたことで思い出す。”うつ”は確かに治っているが、そういう感じは薬を飲んでも、別に変わりはしない」「薬を飲んでいたらすべてを忘れられていて楽。薬を減らすと、神経がむき出しになるような感じがして、とても耐えられない」 。これらの話から推察すると、SSRIは「第二相効果を手放すのと引き換えに、第一相効果を強化した薬物」である。SSRIが内因性うつ病に効果があまり期待できないのは、臨床家の意見の一致するところと思われるが、中には効いたかのような症例が存在する。これは、第一相で症状が緩和している間に自然治癒プロセスが自力で働いたという解釈が可能である。しかし、SSRIは抑うつに限らず、パニック障害や強迫性障害などの神経症性疾患で著効する場合は多い。ただしSSRIを「抗うつ病薬」と呼ぶことは抵抗がある。すでに述べたように、第一相効果により症状を緩和するのは確かであるから、「抗うつ薬」ではあるが、第二相効果を欠いているとするならば、「抗うつ病薬」ではあり得ない。

芝伸太郎「抗うつ薬は抗うつ病薬なのか?」臨床精神薬理No.2.2015より抜粋引用-

2015年06月07日
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