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2011-09-03

32.気分安定薬(mood stabilizer)について、

  現在、気分安定薬として、リチウムやバルプロ酸、あるいはカルバマゼピン、最近ではラモトリジンといった薬が市販されている。しかし、そもそも気分安定薬という用語は公式には認められていない。mood stabilizer といわれて、双極性障害患者の気分の安定化に役立つとされているが、実際には病態生理と薬物の化学的薬理作用を結びつけることには成功していない。そのため気分安定薬を分子レベル、生理学レベルで定義することは出来ていないので、臨床的な有効性に基づく定義とならざるを得ない。Goodwin&Jamison(Oxford Univ.Press,USA,2007)らは、そう病およびうつ病エピソードに対して単剤で「予防効果(prophylaxis efficacy)」がある薬剤を気分安定薬としているが、最近行われているほとんどの臨床試験は、「再発防止(relapse prevention)」を調べているだけで、真の予防効果とは言えない。再発防止の試験では、そう病エピソードに対する治療を中断することによって、症状が悪化したかどうかを見ているだけであると主張している。この場合、実薬に反応し、あるいは忍容性のある患者がエンリッチ(濃縮)されている。これにより、一部の限定的な効果を検出する効率を高めると言う利点はあるものの、もともと効果のある患者について効果があったと、述べているわけであり、双極性障害患者一般について、「予防効果」を試験しているわけではない。ゆえに各試験間で反応率を比較することは誤解のもとである。またこれらの試験では離脱による影響を除外できない。Ghaemi(Bipolar disorder,12.2010)によれば、そう状態からうつ状態への再発、うつ状態からそう状態への再発を予防する効果を持つのが気分安定薬である、という定義を導入している。現在使用されているmood stabilizerの中で、ラモトリジンは、そう状態がインデックスエピソードの時に、うつ状態を予防する効果があり、リチウムはうつ状態がインデクスエピソードの時にそう状態の再発を予防する効果があるといわれている(Goodwin&Bowden,J.Clinic.Psychiatry,65.2004)。ここで双極性障害の薬物療法についてまとめてみると、第一選択薬はリチウムであること、ラモトリジンは再発予防効果は確立しているものの、急性そう病エピソードに対する効果は全く期待できないこと、バルプロ酸は抗そう効果は確率しているが再発予防効果に関するエビデンスは弱いこと、カルバマゼピンに関するエビデンスは弱いこと、そして、Ghaemiの指摘するように、マーケティングのために気分安定薬という用語が濫用され、情報操作が行われるようなことがあってはならない。

-加藤忠史、ムードスタビライザーとは何か、臨床精神薬理誌2011.9より抜粋引用-

2011年09月03日
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