toggle
2012-12-04

47.薬の適切な用量の決め方について、

精神科医療において、多剤大量処方の問題が批難されている。多剤大量処方とは、抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬、睡眠薬といった薬がそれぞれ複数処方され、結果として大量処方となっていることである。なぜそのような処方になるのか?それは、精神科の場合、適切な投与量を決めるのが実は難しい。たとえば糖尿病や高血圧症の薬と比較してみるとわかりやすい。高血圧症では、薬の量や種類を増やすことで、効果は数字となってすぐに現れる。血圧値が一目でわかるために、客観的な指標を見ながら、量の調節をしてゆけば加減がしやすい。精神疾患の場合、糖尿病や高血圧症のように、即効的に数字として効果が現れるものがない。精神状態の改善として効果が現れるにしても、時間がかかるし、評価も主観的である。また、医師がしっかり観察していれば薬の効果がわかるというものでもない。ここに適切な投与量の問題が潜んでいる。薬を使うときの注意するべきこととして、用量依存性がある。薬の適用量は、メリット(効果)とデメリット(副作用)のバランスを考えながら決めるものである。薬を増やすほど、効果が高まり、しかも副作用は全く変わらない、そんな薬があれば、何も考えずに薬を増やせばよい。しかし実際にはそんな薬は存在しない。用量を増やすと、効果だけではなく、副作用も増えることが多い。そうなると効果を上げることを重視するか、副作用を減らすことを重視するかで悩むことになる。たとえば、抗うつ薬SSRIについて、用量依存性を調べると、はっきりしないという論文が圧倒的に多い。つまりSSRIは投与量を増やしても効果が変わらないということである。さらに言えば、SSRIは従来の抗うつ薬よりもセロトニン取り込み阻害作用を強化した薬であるが、従来の抗うつ薬と比較して、抗うつ効果は変わらなかった。ということは、セロトニン阻害作用を増やせば増やすほど、抗うつ作用が増加するものではない。つまり、標準量以上の抗うつ薬を投与しても、効果が増強することはないということである。一方副作用(有害事象)において、用量依存性はどうか。これは明確であり、用量が増えるに従い、有害事象の発生率は上昇する。つまり有害事象については、用量依存性に上昇する。これは副作用は薬を増やせば増やすほど増えてくるということである。ではどこで折り合うかということになるが、はじめにも書いたが、効果と副作用のバランスを考慮しながら投与するという部分で、医師の裁量の問題となってくる。たとえば英国のうつ病治療ガイドラインでは、軽症のうつ病では、必ずしも最初から抗うつ薬の処方を勧めていない。これは軽症うつ病の場合、重症うつ病と比べて抗うつ薬の効果が小さいので、副作用とのバランスを考えると、最初の治療としては勧められないということである。この説明として、うつ病は、プラセボ群でも基本的に自然回復していくし、抗うつ薬服用群との差もそれほど大きいものではないというデータがある。ただ、注意すべきは、抗うつ薬を最初から使用することは勧めてはいないが、改善傾向がない場合には、抗うつ薬の使用を勧めていることである。軽症うつ病なら、決して抗うつ薬を使わないということではない。
薬の適正な使用量を探っていくコツはどこにあるかというと、患者の症状が全体的には改善傾向にあったとしても、患者は残っている症状に関心が集中しやすい。そこで症状に対して薬を増やして消失させようとすると、薬を増やし続けることになる。それが多剤大量処方の一因になりうる。少なくとも全体として改善傾向であれば、多少症状が残っていても、薬を増やさず様子を見ることが必要なのかもしれない。

-冨高辰一朗「うつ病の常識はほんとうか」より引用-

2012年12月04日
タグ: , ,
関連記事