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2023-10-02

177.年齢を重ねるほど、人は幸せになる、というのは本当か?

「年は取りたくない」という人が多い。確かに年齢を重ねるにつれて、体力、認知機能が衰え、皮膚の水分量は低下する。メディアの報道を見ると、高齢者に関するネガティブな記事が多いために、「高齢者は不幸に違いない」と思い込んでいる現役世代の方は多いのではないかと思う。
しかし、高齢者は本当に不幸なのだろうか。実は、科学的な見地をもとにした研究によると、必ずしもそうではないという事実が浮かび上がってくる。心理学者が行った、年齢と幸せの関係を示すアンケート調査(Stone,AA, et al.PANS,vol.107,no22,9985-9990,2010)の結果がある。横軸は年齢、縦軸は幸福度を取って、グラフを描いてみると、10~20代と60代以降が幸福度は高く、40~50代が一番低い「U字カーブ」を描くことが分かった。この理由としては、40~50代は仕事での責任が増す一方、子育てや親の介護などの問題が起こりがちな世代である。また、家のローンや老後の資金というお金の不安も尽きない。しかし、この後、60代を過ぎると、幸福度は再び上昇していく。このように、少なくともアンケート調査では、高齢者は不幸どころか、中年時代よりもずっと幸福であることが分かってきた。この傾向は、世界数十カ国のデータから、国や人種、民族の違いを超えて、やはり同様のU字カーブを描くことが明らかになった。つまり世界共通の傾向であるという。なぜ高齢になると幸福感が増すのだろうか。しかも、U字カーブを見ると、60~70代で幸福感の上昇がとどまるのではなく、さらに80~90代に向けて上昇を続けていくのである。そのヒントになるのが、スウェーデンの社会学者(Tornstam,L)が1989年に提唱した「老年的超越Gerotranscendence」という概念である。それによると、85才を越えた位から、価値観がそれまでとは変わり、物質主義的で合理的な考え方から、宇宙的、超越的な世界観へと変化していくという。具体的には、物事に楽観的になり、自らの欲望や欲求から離れ、自己中心的な部分が消えていき、寛容性が高まっていくという。さらに、過去・現在・未来という時間の区別が消え、自分と宇宙の一体感、人類全体や先祖子孫との一体感を感じるようになるという。なにやら、スピリチュアルな印象を受けるかもしれないが、古典に出てくる仙人をイメージするとよいかもしれない。簡単にいえば、若い頃に感じていたような物質的な幸せとは異なり、高齢者になると別の種類の幸せが待っているというわけである。
もちろん「高齢者」で一括りにはできない。年と共に幸福感が増してくる人もいれば、それ程でない人もいる。しかしどうせなら幸福感を味わえる人になりたいものだ。それは幸福感がその人の寿命とも関係しているからである。
例えば、2011年にサイエンス誌に掲載された-幸せな人は長生きする-(Fray,BS.happy people live longer.Vol.1331,Issue6017,542-543.2011.Sience)という有名な論文がある。その中で、USAの修道女678名を対象とした研究「ナン・スタディ」によると、ほぼ 同じ環境で、同じような生活を繰り返していた修道女180名の対象に比較したところ、入所したときに幸せを感じていた人の平均寿命は94歳だったのに対して、そうではない人の平均寿命は87歳だった。幸福感を持って生きた修道女は、平均して7年長く生きたことになる。また、東京都板橋区の高齢者2447名を7年間追跡調査した研究では、主観的幸福感の低さが死亡率を8%高めるという結果も出ている。その原因についての研究データもあり、幸福感の低い人は循環器系の病気になりやすいとされている。自身が不幸だと感じている人は、いわゆる神経質な性格傾向があり、少しのことでクヨクヨしたり腹を立てたりしがちであった。それがストレスとなり、病気や事故を引き起こしやすいのではないかと考えられた。
では、長命な人の性格では共通点があるのだろうか。1990年代にマスメディアで大きな人気を呼んだ高齢の姉妹がいた。100歳を超えた双子姉妹の「きんさんぎんさん」である。2人の屈託のない笑顔や、物怖じしない態度を見て、「あれこそが理想の老後だ」と感じた人も多かったのではないか。とはいえ、若い頃は苦労もしたはずであり、戦争や災害も体験している。子や孫を失うという悲しいこともあったそうだ。しかし、100歳を超えた2人は全てを超越したような様子で、にこやかな笑顔を振りまいていた。アレがまさに「老年的超越」の典型的な例と言って良い。老年的超越の大きな特徴は、ものの見方が楽観的となると同時に、周囲への寛容性が高まることにある。年を取ると丸くなるというが、それに当たるのだろう。性格が穏やかになり、些細なことが気にならなくなり、幸福感が増していくのだと考えられる。ちなみに、きんさんは107歳、ぎんさんは108歳の天寿を全うした。容易に想像が付くかもしれないが、性格の良い人が幸せであることは、心理学の研究結果を見ても明らかである。意地悪な人は猜疑心が強く、不幸な傾向が強いという結果が出ている。もちろん意地悪ジイサン、意地悪バアサンのような人が長生きするケースもあるが、それは少数派である。言い換えれば、性格にひどく難のある人は早めになくなる可能性が高いため、80歳、90歳、100歳と年取っていくに従い、きんさんぎんさんのように、いつもニコニコしている比率が増えていくのだとも考えられる。
2019年から2022年にかけて世界中で感染拡大した新型コロナウィルス感染症は、高齢者に深刻な影響を与える物であった。若い人に比べて、高齢者の重症化率や死亡率が際立って高かったためである。さぞかし高齢者はネガティブな気分になり、幸福度が下がったどろうと思われたが、調査の結果は意外なものであった。一番インパクトを受けたのは、高齢者よりも、むしろ若い人であった。特に若い女性に孤独感や抑うつ傾向を訴える人が多いという結果が、国を問わず世界中で報告されている(Carstensen,LL.et al.Age adventages in emotional experience persist even under threat from the COVID-19 pandemic.Psychological Sience,31(11),1374-1385.2020)。コロナ禍が長期化するに従い、若い人たちも状況に適応していったようで、次第に年齢の差が無くなっていく。それにしても、コロナ禍でも高齢者の幸福度はそれ程下がらなかったことは驚きである。なぜか。確かに高齢者は外に出て働く人が少ないために、切迫感が若い人ほどではなかったとも考えられる。あくまで推測であるが、高齢者は人生経験が長い分だけ、リスクに対する適応力が高いのかもしれない。特に現在の高齢者の多くは戦争を体験しており、ダイレクトに命の危険にさらされたことのある世代である。そうでなくとも、自然災害、大事件、事故、病気など、様々な出来事を経験して、そこを生き抜いた人たちと言って良い。90歳を超えたある高齢女性が「長く生きていれば、10年おき、20年おきくらいに、大きな事件があるものよね」と平然とおっしゃっていたことが印象的である。高齢者は意外に図太いのである。

前野隆司・菅原育子著-老年幸福学研究が教える「60歳から幸せが続く人の共通点」-より、引用した

2023年10月02日
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