toggle
2024-03-03

182.記憶という能力の本当の意味について、

   今回は、情報が記憶になるまでの流れを説明する。今回初めてしっかりと説明する脳部位がある。脳の奥底にある「視床」である。記憶について、視床の役割は、外部から入ってきた情報を大脳皮質と大脳辺縁系に仕分ける、交通整理担当の脳部位であるが、この視床は最も原始的な生命活動を司る脳部位でもある。視床の働きはいろいろあるが、記憶に関しては、臭覚以外のあらゆる感覚情報を大脳新皮質に送る重要な中継点として働く。ついでに大脳新皮質の働きも整理しておくと、記憶の働きを考えたとき、大脳新皮質は情報処理と保管を担当している。大脳新皮質は人の脳の外側を大きく覆っており、さらにシワを作ることで表面積を増やしている。ただ、大脳新皮質といっても、その役割は部位ごとに異なっている。情報が記憶になっていく過程では、大脳新皮質は情報の処理(感覚野)、情報の統合(連合野)、記憶の長期保存(様々な部位)で活躍する。ここで皆さま、あなたが脳外科の専門医を目指しているのでなければ、この位置を正確に覚える必要はありません。ただ、情報の処理が種類により色々な場所で行われるイメージを持ってもらうだけで十分である。例えて言えば、6階はレストラン、5階は本屋、4階はレディースファッションのフロアに分かれているデパートのように、大脳新皮質も場所により機能が分かれているわけである。
なにかを経験すると、脳は一度に多くの情報を手に入れる。その中には視覚、聴覚、感情、身体の動き、触覚など、様々な種類の情報が含まれる。これらは視床により分類され、大脳新皮質の担当部署に運ばれる。まず眼や耳、舌や皮膚などの感覚器から入ってきた情報は、視床に集まる。そして視床が情報を整理して、大脳新皮質の担当部署である「感覚野」へ送る。視覚情報なら視覚野へ、聴覚情報なら聴覚野へという具合である。その後「連合野」で細かな情報が統合される。このとき同時に視床は、大脳辺縁系にも情報を送る。これは情動による情報の重み付けが行われる。どれが大事な情報で、どれがあまり大切ではないのかを決めるのだ。
同時に送られるけれど、大脳辺縁系のほうがシナプスが少ないため、処理が早く終わる。辺縁系で重み付けされた情報は大脳新皮質に送られ連合野で合流して、重み付けのラベル付きの情報セットが作られる。そして中継地点である視床に戻される。これまでが情報を記憶にするための下ごしらえのようなモノである。そしてここからが、記憶を作るための働きである。
まず、視床から海馬に重み付けされた情報が送られる。海馬では短期記憶として一時的に情報が保存される。(短期記憶は、一部、大脳新皮質の働きも必要になる)。そして、睡眠中に古い記憶と新しい記憶の比較検討が行われ、情報は長期記憶として大脳新皮質に保管される。
このとき、何処に何をしまったかというインデックスの役割を担うのが海馬である。長期記憶のメインの担当部署は大脳新皮質であるが、海馬の働きも記憶の引き出しには重要である。
ここまで、いろいろな脳部位の名前が出て来ましたが、これから専門的なテストを受ける必要の無い方は覚えなくても全く問題ないです。記憶というのが、分解されたり統合されたり、あちこちに運ばれたり集まったりしながら作られるのだというイメージを持ってもらえれば十分である。
次は、記憶を思い出すときの脳の働きにつきまとめてみる。
記憶は神経細胞のネットワークに保存されている。そのネットワークを刺激すると、保管されている記憶がよみがえる。ちょうどレコードの溝に刻まれた音楽の情報を、針でなぞったら再生されるように、外からの刺激により、ネットワークが活性化したら、その記憶が思い出される。
記憶が保管されているのは大脳新皮質であるが、海馬は記憶を呼び起こすのに重要な役割を果たす。記憶はひとかたまりに集まっているわけではなく、大脳新皮質のあちこちに断片化されて保管されている。それらを刺激して統合するのが海馬である。海馬は記憶を作るときに、あちこちから集まってきた情報を統合して意味づけをするが、思い出すときも、それと同じようなことをしていると考えられる。そういう風にして思い出されたネットワークは、再び活性化される。思い出せば思い出すほど、ネットワークのつながりは強化され、強い記憶となっていく。
細胞レベルから少し視点を広く拡大して、我々の暮らしのレベルの話をする。
記憶を思い出すのは、何かのきっかけとなる刺激が感覚器から入ったときである。写真を見たり、メモを見たりして、思い出すこともあるかもしれぬ。何かの匂いで、ふっとよみがえる記憶もある。流れている音楽を聞いて、青春の思い出がよみがえることも、よくあること。また、全く別の出来事から連想されて、関連する記憶や、一部だけ共通する記憶が思い出されることもある。
友人が子どもの頃の給食の話をしているのを聞いて、クラスメイトと喧嘩したエピソードを思い出したりなど、思い出そうと意識しないのに、ふとしたことから思わぬ記憶がよみがえってくることがある。さらに、些細なきっかけから、どんどん連想が広がってしまうこともある。こんなことが起こるのは、脳の細胞が互いに影響を与えあうからである。
脳の細胞は、自分が刺激されると活動する。それだけでなく、神経伝達物質を放出して、その周りの細胞も活性化させる。例えば、誰かが急に驚かされて「ワア!」と大声で叫ぶと、その周囲の人たちもその声に驚いて「ワア!」と叫ぶようなものである。しかしその周囲の人たちは、最初に驚いた人よりは、驚きが少ないので、あまり遠くまでは広がらず、やがて消えてしまう。一つのことを思い出したら、それにまつわる様々な記憶が思い出されるのは、このような理由である。ピンポイントで必要な記憶を思い出せなくても、その記憶を担当している周辺の細胞が活性化したら、紐で引っ張るように、思い出したい記憶を引っ張り出すことができる。エピソード記憶が思い出しやすく、意味記憶が思い出しにくい理由の一つがここにある。

--   澤田 誠「思い出せない脳」より抜粋引用 --

2024年03月03日
関連記事