toggle
2016-02-03

85.統合失調症は進行性の脳疾患か?

統合失調症について、多くの神経病理学的研究が行われてきたが、長い間確かな所見は見いだされなかった。しかし、20世紀の終盤になり、脳画像診断の進歩により、統合失調症における脳構造の変化について、ようやく再現性のある研究結果が得られるようになった。同一症例の縦断的脳画像研究も行われ、進行性の脳構造変化も報告されている。しかしながら、アルツハイマー病のような明らかな進行性の中枢神経変性疾患とは異なる点も多い。ここでは、統合失調症をどこまで進行性脳疾患と捉えうるかについて、これまでの研究を、参照しながら、考えてみる。
1,統合失調症および関連脳疾患における縦断的画像研究
MRIなどの脳画像により、統合失調症患者には、前頭・側頭領域を中心に、広範囲に軽度の灰白質の変化が認められる。初回エピソード統合失調症患者と健常者を対象に、2~3年の間隔でMRIを撮影し、上側頭回の体積変化を比較したところ、上側頭回の中でも、言語機能と関連の深い左側頭平面の体積変化は、健常者ではわずかであるが、初回エピソード統合失調症患者では、年間3%の減少が認められた。また、左上側頭回の体積変化の大きい患者ほど、幻覚・妄想の改善が不良であるという相関が認められた。同様の検討を、前駆状態の患者を含む精神病発症危険状態(At-risk mental state,ARMS)についておこなうと、ARMSのうち、後に精神病症状を発症した者では、左側頭平面において年間5%の体積減少が認められた。一方、健常者およびARMSのうち経過観察中に発症の見られなかった者では、有意な変化はなかった。また、慢性患者における縦断的変化の検討では、年間1.6%という軽度の灰白質体積減少であった。これらの所見から、統合失調症の前駆期から発症早期にかけて、軽度ではあるが比較的活発な進行性灰白質減少が生じている。このような縦断的変化は、臨床症状(特に幻聴などの陽性症状)の転帰と関連することが示唆される。つまり、脳体積の減少が進むことにより予後が不良となる。あるいは精神症状の影響により脳体積が減少する。いずれの可能性も考えられる。
2,統合失調症における進行性変化の程度
統合失調症における脳灰白質の減少は、患者群を平均すると、脳全体でせいぜい3~4%であり、最も顕著な変化が認められる部位である上側頭回でも、十数%と考えられる。この程度の差異を、個々の症例のMRI写真から視察により読み取るのは容易ではない。また、比較的短期間における進行性変化となると、統計学的には有意であっても、臨床的には非常に軽微なものである。アルツハイマー病と比較してみると、統合失調症では、ARMSとして前駆症状を呈して受診する時期には、上側頭回の体積は健常者とほとんど変わらない。陽性症状が顕在化する初回エピソードの時期には5~6%の減少を示し、慢性期には十数%の減少に至る。一方アルツハイマー病の場合、軽度認知症を示す前駆期には、既に内嗅皮質体積は30%程度減少しており、認知症と診断される頃には40%程度の減少となり、その後も進行性に減少する。このように統合失調症における脳体積変化の特徴は、明らかな進行性脳疾患であるアルツハイマー病に認められる脳萎縮とは異なることも事実である。
-鈴木道雄「統合失調症は進行性の脳疾患か?」日社精医誌、24、2015より引用-

2016年02月03日
関連記事