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2016-05-03

88.心疾患を有する患者への向精神薬療法の留意点について、その1、

 身体疾患患者のうつ病の有病率は高く、心疾患では17~27%に上る。特にたこつぼ心筋症に精神疾患が高率に併存すると報告されている。さらにその治療が心疾患の予後に影響を与え、例えば心筋梗塞患者のうつ病治療によって心筋梗塞による死亡や再発が減少する。また、うつ病自体が冠動脈疾患のリスクファクターとなり、その重症度の高いほどリスクも高まる。不安障害についても、心疾患との関連性が指摘されている。例えば冠動脈疾患患者の10~50%はパニック症を併発し、さらにパニック症そのものが冠動脈や脳卒中のリスクとなることも示唆されている。以上述べたように、心疾患と精神疾患は相互に作用することが想定されている。以上を踏まえて、頻用される抗うつ薬・抗精神薬による影響に付き検討する。
  
1.抗うつ薬
1)直接的影響
三環系抗うつ薬:抗コリン作用・α1受容体阻害作用から頻脈・起立性低血圧をもたらし、心負荷増大・心筋虚血を助長する可能性がある。さらに、Na+チャンネル抑制効果により、キニジンやプロカインアミドなどの1a群抗不整脈薬と同様の作用を示し、QT延長を優位にもたらし、TdP(torsades de pointes)を来す恐れがある。心筋梗塞後における心室性不整脈の薬剤治療が予後を改善させるかを調査したCAST(cardiac arrhythmia suppression trial)により、皮肉にも1群抗不整脈薬が逆に予後を悪化させると判明した知見からも、三環系抗うつ薬も直接的な影響を鑑みて投与は避けるべきであろう。さらに抗コリン作用は認知機能低下や身体機能低下につながり、市中肺炎のリスクにもなるため、特に心疾患の有病率の高い高齢者では、病状を悪化させてしまう恐れがある。
(以下に主な抗うつ薬が持つQT延長作用の強さを示す)
amitriptyline,imipramine,nortriptyline<3+>、clomipramine<2+>、escitalopram,mirtazapine,venlafaxine<1+>
3+:重度、2+:中等度、1+:軽度
SSRI:新規抗うつ薬は、三環系抗うつ薬より心毒性が少なく、比較的安全に使用できる。しかし、escitalopramはQT延長のある患者には禁忌である。他にlamotrigineとduloxetineにも認められるため注意が必要である。さらにQT延長については以下に示すような幾つかのリスクファクターが知られている。薬剤性TdPについては、心疾患、年齢>65歳、女性、という3つのリスクファクターが特に強く関連したという報告あり。他に、新規抗うつ薬は血小板のセロトニン再取り込み作用にも働きかけ、血小板凝集を阻害することが分かっている。このためaspirinやclopidogrelとの併用下で消化管出血のリスクが高まる。
2)間接的な影響
薬剤相互作用はシトクロムP450とP糖蛋白の影響を考慮する。三環系抗うつ薬の多くや、新規抗うつ薬の、fluvoxamineやparoxetineは広範にP450を阻害し、薬剤相互作用を無視できない。P糖蛋白は小腸・腎・肝臓・精巣・脳など種々の臓器に存在する薬剤排泄トランスポーターであり、抗がん剤、免疫抑制剤、β遮断剤、Ca拮抗剤やdigitoxin,多くの抗菌剤はP糖蛋白の阻害により、血中濃度の影響を受ける。抗うつ薬ではsertralineとparoxetineが強くP糖蛋白を阻害することが分かっている。

-宮内倫也、他「心疾患を有する患者への向精神薬療法留意点」臨床精神薬理19:5,2016 より引用した-

2016年05月03日
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